NOBUKO基金ART 第1回 「絵と言葉のチカラ」展
応募作品数:583点
受賞作品数:6点
主催:「絵と言葉のチカラ」展実行委員会(NOBUKO基金ART)
グランプリ
昭和16年12月「のら犬と臨時ニュース」、昭和20年12月「たき火とリュックサック」(2点)
堀川理万子
昭和16年12月「のら犬と臨時ニュース」
- 言葉
- 路地で口笛を吹くと、のら犬が集まってくる。屋台で買ったおでんをあげるんだ。そして犬たちの頭をなでたり、ときどき、鼻をなめたりする(犬の鼻はしょっぱい)。そしたら、犬からジフテリアがうつっちゃった。それでぼくはかく離病棟に入院したんだ。お医者さんはもう犬の鼻をなめてはいけない、という(がっかりだ)。それはそうと、今朝、病院の廊下がざわざわしてて、ラジオの音が聞こえてきた。
「臨時ニュースヲ申シ上ゲマス 大本営陸海軍部 12月8日午前6時発表…帝国陸海軍ハ本8日未明 西太平洋ニオイテアメリカイギリス軍ト戦闘状態二入レリ……」
「どういう意味?」と看護婦さんに聞くと、「戦争が始まったのよ」と、教えてくれた。
「せんそうか…」
でもさ、とにかくぼくは犬たちに会いたい。はやくよくなって、はやく会いにいきたいんだ。
NOBUKO賞
- 言葉
- 子供の頃の話
森を歩けば小鳥が顔を見せに来た
カミキリ虫をてのひらに乗せても噛まれたりしないし
蝶やトンボは帽子にとまろうと追いかけてきたものだった
まるでおとぎ話みたいだけれど
すべて本当のこと
ブローチみたいにトカゲを肩に乗せて
原っぱを歩き
いつまでも一緒に遊んだ
まるで動物と会話できるソロモン王の指輪を使っているみたい
そういう時は人間の子は混ぜない
それは私と小さい仲間たちとの暗黙のルール
やがて魔法のような日々は終わり
不思議な思い出を胸に秘めたまま
私たちは大人になる
大きくなった私は
誰もいない風景の中で
昔のように耳を澄ませる
あの時と変わらず風がざわめき木の葉が裏返るけれど
もう彼らの語りかけを聞き取ることができない
私の指輪は役割を終え
別の少女に引き継がれたのだろうか
懐かしい友に感謝をつたえ
私は静かにその場を後にする
「芸術新潮」賞
- 言葉
- 「私があなたと同じ歳の頃」で始まる話。
それはそっと紡がれてゆきます。祖母から母へ、母から娘へ。
長い歴史から見たらささやかで、ほんのわずかな一時の出来事に過ぎない人生のひとかけらの話ではあるのですが、例えば彼女たちがそれぞれ24歳の頃を思うとき、時を超えて古いアルバムはよみがえります。
思い出が大切なものを語るためにあるとき、それはいつも新しく、それは常に明日への証となるのでしょう。
山下裕二賞
かたすみ
- 言葉
- 何かが胸の真ん中の部屋をときどき留守にして
どこか遠くの片隅で好きな時間を過ごしてる
持ち歩いたら傷つけられて破れそうな夢
街の灯りに邪魔されないでほっとしてる月
どこへ行こうか決められなくて立ち止まった風
何をするのか聞かされないで産まれてきた子ども
齋 正機賞
母の思い出
- 言葉
- 母は大人しく優しい人で、芯の強い人でもあった。年中行事を大切にしていて、中でも新年を迎える準備には思い入れがあった。大晦日は朝から笑門来福をモットーに母の号令で、お正月の食事づくりが始まる。
私達には、つまみ食い有りの楽しい時間だった。
元日の朝家族全員で新品の肌着一式を着て身支度をし、大晦日夜遅く仕事を終え帰宅した父を囲み新年のお祝いが始まる。まずは神仏ご先祖様へ祈りを捧げた後、家族で祝う。
朝の清浄な雰囲気の中、親の愛情を感じ子供心に今年も頑張るぞ! と誓った事を思い出す。ある時母に、何故たくさんお金をかけて、この行事をするのか、と質問したら“自分の心の思い、そして娘達への情操教育”と答えていた。私達が嫁いだ後も母は72歳で亡くなるまで、この行事を続けていた。お母さん! 私もあなたを倣って今も続けていますよ
上野松坂屋賞
- 言葉
- ぼく、家から学校に行くまでの間、道にある全部のマンホールを絶対ふむっていうルールを作ってるんです。
そしたら今朝、近所の公園の角にあるマンホールで工事が始まろうとしてて、でもまだ誰もいなくて、工事も始まってなかったんで、よっしゃふもうと思って近づいたんです。
そしたらそこに、猫がおったんです。
マンホールの脇に猫がおって、じいっとぼくを見るんです。
もうマンホールも直ぐふめそうだったんですけど、猫が全然動かず
にぼくを見るから、ぼくも猫の目をじいっと見てやったんです。
そしたらもう、目を逸らした方が負けじゃないですか。
猫の方も絶対そう思ってました。
そこから工事のおっちゃんが来るまで、ずっと睨み合ってたんですけど、その時にはもう8時20分でした。
先生、遅刻してすみませんでした。