学生がパブリックアートに挑戦 立体アートコンペ「AAC」2021 最終審査会レポート [PR]

学生がパブリックアートに挑戦 立体アートコンペ「AAC」2021 最終審査会レポート

2021年10月12日、アーバネットコーポレーションが主催する学生限定の立体アートコンペ「アート・ミーツ・アーキテクチャー・コンペティション2021」の最終審査会が行われた。

「アート・ミーツ・アーキテクチャー・コンペティション(以下、AAC)」は、不動産業を行う同社が開発した新築マンションのエントランスホールに置く立体作品を募集するコンペ。作品発表の機会が少ない学生にチャンスを提供したいと、2001年から毎年開催しているもので、今年で21回目となる。

最終審査に進んだ学生は制作補助金を支給された上で、実制作の機会が与えられ、最優秀賞に選ばれた作品は恒久展示される。コンペが終わった後にも入賞者に作品の制作を依頼することもあるなど、継続的に若手アーティストの発掘・支援・育成を行っているとして高い評価を受けており、応募数も増加している。編集部は、「AAC 2021」の最終審査会を取材した。

今回の作品設置場所になったのは、東京都板橋区南常盤台に新築された単身者向けマンション「ステージグランデときわ台アジールコート」のエントランスホール。応募に際しては、幅1.4×奥行き0.9×高さ2.4mの展示スペースに、台座か壁で展示できるものという条件が設けられた。

7月6日に開催された一次審査会では、応募総数107作品の中から入賞3作品、入選7作品が決定した。審査員は、建築家で京都市京セラ美術館館長の青木淳さん、現代アートチームの目【mé】の荒神明香さんと南川憲二さん、日本現代美術商協会(CADAN)代表理事も務める小山登美夫ギャラリーの小山登美夫さん、主催会社アーバネットコーポレーションの服部信治社長の5名。

入賞したのは、東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専攻の袁方洲(えん・ほうしゅう)さんによる『さんすいの間(はざま)』、東京工業大学大学院 環境・社会理工学院 建築学系建築学コースの山口聡士さんによる『蜃気回層』、京都市立芸術大学大学院 美術研究科 漆工領域の隗 楠(うぇい・なん)さんによる『Power of Flower』。3人は制作補助金として20万円の支給と、AAC事務局からの助言を受けながら、最終審査会のための実制作に約3か月間取り組んだ。

最終審査会での様子

10月12日の最終審査会では、実際にマンションのエントランスホールに完成作品を仮設置し、審査員へのプレゼンテーションが行われた。街や場所、居住者のことをどのように考えてテーマを設け、どのような技法で作品化したか。また、パブリックアートのため、作品の強度や耐久性も審査において重要な観点となった。

ガラスで魅せる詩情の世界-袁方洲『さんすいの間(はざま)』

袁方洲『さんすいの間(はざま)』素材:ガラス

山と川のほとりの集落をイメージする「山水」をテーマに、都市にあるマンションを「大きな家」と捉え、安らぎのシンボルとしてこのガラス作品を制作した袁方洲さん。AACへの応募は昨年に続き、2回目となった。

接着剤を使わない「キルンワーク」というガラスの鋳造法で、上部の山を彫刻したような黒い不透明なガラスと、下部は水を彫刻したような艶のある透明なガラスを一体化させて表現した。「この一体化は難しく、電気炉で850度に加熱して黒いガラスが溶けた後、電気炉の蓋を開け、事前に予熱した透明ガラスをチャージして制作しました」と、制作方法について語った。

プレゼンテーションの中で、「ガラス素材は一般に脆弱と考えられていますが、鋳造したガラスは厚みがあり、石材や陶器と変わらない強度を持っています」と耐久性について強調した。

審査員からは「下部にも森があるようで幻想的」「少し展示台を高くして、下から小さい照明を当ててもっと中が見えるようにしたらどうか」という意見があり、実際にライトを当ててみたり、360度回転させる場面もあった。袁さんは「ガラスにはゆっくりと冷やしていく徐冷の作業が必要ですが、今回は厚みが20センチを超えるため、260時間の徐冷時間がかかりました」と、詩的な世界を支える技術的な挑戦について語った。

掴みきれないからこそ惹かれる景色-山口聡士『蜃気回層』

山口聡士『蜃気回層』素材:アクリル、アルミ丸棒

「人は把握できないものに惹かれ、理解した途端に興味を失ってしまうことがあります。マンションのエントランスホールを通るたびに見ていただけるよう、新鮮な感情を与え続ける蜃気楼のようなオブジェを考えました」という山口聡士さん。正三角形と円という幾何形に切り出したアクリル板を、わずかに回転させながら三層構造に重ねた立体作品を発表した。作品は、距離・高さ・角度の三軸によって違って見える、導線を意識した造形となっている。

「歩調により視線が上下左右に移動することによっても違って見えますし、遠くから見ると水平に見えたり、距離によっても変化して見えます。急いでいる人、落ち込んでゆっくり歩く人など、さまざまな人が行き交うエントランスホールで、このミステリアスな作品が気分を変え、心を豊かにするきっかけになれば」と思いを語った。

見る位置や角度によってまったくちがう形にも見える山口さんの作品。近づいて見ると構造の規則性がわかり、新しい印象を生み出していた。

審査員たちはそれぞれ、作品のまわりを歩き回ったり、のぞき込んだりしながら、貝のように有機的に変化して見える形を楽しんだ。「白い壁に透明な作品にしたのは、曖昧な存在感をあえて狙っていたのか?」という質問には、「作品がエントランスホールの中心ではなく一部になるようにしたかった」と答えた。建築を学ぶ山口さんにとって、AACへの応募が立体アート制作の初挑戦となった。

花が咲く時のエネルギーを漆の伝統技法で表現-隗楠『Power of Flower』

隗楠『Power of Flower』素材:漆、鹿革、麻布

放射状に開く花のような造形を、革を漆で固めるという飛鳥時代からの伝統的技法でつくりあげた隗楠さん。一枚の鹿革を押し型に被せ、垂れる部分を引っ張ることによって動きを出したり、しわを付けたりする中で偶然に出会う自然の造形を漆で固めた。

「内側は革によって生み出された曲面をそのまま残して柔らかい質感を出し、外側は木屑に漆を加えたコクソ漆によって形を整えて硬さを出しています。内側の柔らかさは赤、外側の硬さは黒で表現しました。内側が柔らかく、外側が硬い構造は人間のようでもあります。朝出かける時には元気をもたらし、夜帰ってきた時には少し癒されるなどの印象を受け取ってもらえたら嬉しいです」と、作品に込めた願いを語った。

作品は、内外どちらも最後に磨き上げることで鏡面仕上げになっている。

審査員からの技法と強度についての質問には、「鹿革に生漆を吸い込ませて固めてから、表面に糊漆で麻布を3枚貼って強度を増している」などと回答した。また、作品の設置についても、革底面の内側と外側に木を貼り、穴を開けてアンカーとボルトで台座に設置するなど、恒久的に展示できるように考慮したという。

母国の中国では美術工芸専攻で学び、日本の佐賀大学との交換留学で漆と出会い、以来、漆による制作を追求してきた隗さん。「漆をこのような形にした作品を見るのは初めて」と、生命力あふれる造形が審査員を驚かせていた。

作品への講評がエールに。貴重な交流の時間にもなった受賞式

同日、池袋に移動し、ホテルメトロポリタンで授賞式が行われた。最終審査会での3作品のプレゼンテーションを受け、最優秀賞は隗楠さんの『Power of Flower』に決定し、賞金100万円が授与された。

写真前列左から、審査員の南川さん、荒神さん、入賞者の山口さん、隗さん、袁さん、審査員の青木さん、小山さん、服部社長。2列目に入選者4名

表彰式で審査員の青木淳さんは、「ときわ台の町が田園調布のように放射状につくられていることから、マンションのエントランスホールにも床や天井に放射状のパターンが使われているのですが、3人ともその場所にどんな作品が合うのかよく検討されていました」とコメント。

隗さんへの講評として、「このマンションは、環七と川越街道の立体交差点の側というハードな環境にありますが、隗さんの作品はそれに負けず、建物に入る前にガラス越しに見えるところから、エントランスホールに入って通り過ぎ、エレベーター前に至るまで、見え方の変化が大きく美しく、ここに住む人々に元気を与えると思います。この街の、この建築の、この場所に置かれる作品として、隗さんの作品が最もふさわしいと、審査員全員一致で最優秀賞に選ばれました」と、話した。

また、目【mé】の荒神明香さんは「袁さんも山口さんもやろうとしていることは面白いので、制約に負けずに突き進んでほしい。隗さんの作品は、最初の直感が最後の形になるまで広がりを持って落とし込まれていて、ダイナミックな可能性や圧倒的なクオリティを感じました。本質的に何がしたいか、何が見たいかがとても大事なことであり、それぞれが持っている価値だと思うので、今後の皆さんの飛躍を願っています」とエールを送った。同じく目【mé】の南川さんは、「隗さんの作品は古くなればなるほど味わいが出そうで、直接見ることの大切さを伝えてくれる作品でした。コンペ全体を通じ、限られたレギュレーションの中にいかに自由を見つけるかということを、改めて感じさせてもらいました」と語った。

今回で6回目の審査参加となった小山登美夫さんは、「一つの場所に対して、それぞれの答えが違っているのが面白い」と次回の開催にも期待を寄せた。

最優秀賞受賞者の隗さんは、「場所に合わせてつくること以外は、普段とやりたいことは変わりませんでしたが、一枚の鹿革を使った、これまでで最大の作品に挑戦しました。最終審査でたくさんのコメントをいただき、自分がつくったものに価値があると認められたことに感動しました。学内や個展以外にも発表の場があると信じて制作を続けていきます」と、受賞の喜びを語った。

隗

袁さんは「普段は、実体のないものに実体を与えることをテーマに、軽量な発泡ガラスで大きなインスタレーションを制作することが多く、雲や影に形を与えるような作品をつくっています。今回はとてもいい経験になったので、またこのような機会があれば挑戦したいです」と、コメントした。

袁方洲

山口さんは「理論を言葉にしていくのが建築の難しさだと思いますが、今回のアートでは言葉にならないものをどう表現するかということを理論的にやってみました。スタディ(模型)に時間がかかり、また、実際に制作してみると、ぐらつきや材料のたわみなど、コンピューターで設計したものとの違いがあって調整に手間取り、大変勉強になりました」と語った。

なお、同日には「AAC 2021 ポスターコンペ」の授賞式も一緒に開催。本コンペは審査員をアートディレクター・デザイナーの古平正義さん、「6次元」主宰・映像ディレクターのナカムラクニオさん、服部社長が務め、呉工業高等専門学校建築学科4年の大橋佐和子さんが最優秀賞を受賞した。古平正義さんのアドバイスを受け、ブラッシュアップされ完成した作品は、AAC立体アートコンペの募集告知を行うポスターやリーフレットとして、全国の美術館などに掲示・配布された。

「AAC 2021 ポスターコンペ」で最優秀賞を受賞した、大橋佐和子さんの作品

昨年に続き、コロナ禍で開催された2021年のAAC。「自身の作品が公共空間に設置されたという実績が、卒業後にプロとして活動していく上での自信につながり、活躍の場を広げるきっかけとなれば」という服部社長の信念のもと、アート、建築、デザイン、工芸などの境界を超える作品群が学生たちから集まっている。感染対策を万全にした受賞式では、審査員に助言を受ける姿や学校を超えた交流も見られた。

そして、間をあけずに12月15日からは「AAC 2022 ポスターコンペ」の募集がスタート。ポスターと立体アート、両コンペとも来年も無事に開催され、若い世代の活躍の場がつながっていくことを願いたい。

文:白坂由里 写真:アーバネットコーポレーション提供 編集:石田織座(JDN)

公式ホームページ
https://aac.urbanet.jp/

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