「文化庁メディア芸術祭」での受賞をきっかけにネットワークが広がった ー 市原えつこインタビュー [PR]
[第18回]文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門において「妄想と現実を代替するシステムSR×SI」が審査委員会推薦作品に選出された後、「平成27年度メディア芸術クリエイター育成支援事業」に企画が採択された「デジタルシャーマン・プロジェクト」が、[第20回]文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門において優秀賞を受賞。文化庁メディア芸術祭という大きな舞台で着実にステップアップを重ねてきた、市原えつこさんにインタビューを敢行。古くから日本に伝わる土着的な文化や信仰を、テクノロジーの力によって現代にアップデートした作品の数々を世に送り出してきた彼女に、受賞作品のコンセプトや文化庁メディア芸術祭に対する思いなど、さまざまな話をうかがった。
故人をロボットに憑依させる「デジタルシャーマン・プロジェクト」
— 第20回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門で優秀賞を受賞した「デジタルシャーマン・プロジェクト」について教えてください。
「デジタルシャーマン・プロジェクト」は、故人の顔や身体、声、仕草などの特徴をロボットにインストールし、死後49日間だけ、故人を憑依させたロボットとご遺族が一緒に過ごせるという作品です。2015年に祖母が亡くなったことが、この作品をつくるきっかけになりました。近親者の死というのは初めての体験だったので最初は混乱していたのですが、遺体が火葬されて骨になり、それを見て親族全員が泣くという葬儀の一連のプロセスを通して気持ちが整理されたところがありました。
その時に、弔いというのは人間にとって必要なプロセスだということを実感したんです。当時はYahoo! JAPANで働いていて、ちょうどPepperを使った仕事をしていたこともあり、ロボットを媒介に新しい弔いができないかという考えから作品をつくり始めました。
— 以前から人間の風習や文化などへの関心が高かったのですか?
昔から日本ならではの信仰や風俗、奇祭などが好きでした。古くから続いている信仰や祭りは一見非合理的に思えますが、実は非常に理にかなっていることが多いんです。例えば、先日手がけた作品「都市のナマハゲ – Namahage in Tokyo」の題材であるナマハゲにしても、一見よくわからないものに感じられるけど、実は地域コミュニティを維持する機能などがあり、社会制度としてよく設計されているんですね。こうした部分に目を向け、現代人にとって今後必要になっていくようなものを、テクノロジーを使って表現したいという思いがあります。
今回の作品名にもなっているシャーマン、つまり呪術的なものというのは、目に見えないものを引き寄せるのですが、一方で、電話からVRに至るテクノロジーには、ここにはいないはずの人を出現させるという作用があり、両者の親和性は高いと感じていました。そんな時に2010年のメディア芸術祭アート部門で優秀賞を受賞した和田永さんの「Braun Tube Jazz Band」(ブラウン管テレビを鍵盤打楽器として演奏するプロジェクト/パフォーマンス)を見て、雷に打たれたかのような衝撃を受け、自分もこういうものをつくりたいと思うようになりました。
手紙を送るようにコンペに応募した学生時代
— 文化庁メディア芸術祭では、2014年にも「妄想と現実を代替するシステムSR×SI」でエンターテインメント部門の審査委員会推薦作品に選ばれていますよね。
はい。それまでの私の作品は、「セクハラ・インターフェース」のように“イロモノ”のイメージが強かったり、当時はYahoo! JAPANの社員だったこともあり、テック系のイベントや研究者コミュニティで作品を発表することが多かったのですが、メディア芸術祭をきっかけにメディアアート関連のネットワークが広がっていきました。
— 以前からコンペなどに出品することは多かったのですか?
そうですね。私は文系学部出身で、まわりにアーティストがいない環境だったので、美大生コンプレックスがあるんです(笑)。そんな私にとって、メディア芸術祭の受賞作品展はアーティストの話を直に聞くことができる貴重な機会だったので会場に通いつめていたのですが、一方で自分の制作スキルを測る機会というのはコンペくらいしか思いつかなかったんです。どうすればアーティストになれるかというのもわからない中、まずはコンペだろうと思い、それこそ「登竜門」をこまめにチェックしていました。
— さまざまなコンペに出品することでどんなことが得られましたか?
もともと私は「アート」作品をつくりたいという意識を持っていたわけではなく、最初は誰に受け入れてもらえるかまったくわからなかったんです。特に「セクハラ・インターフェース」のような作品は、アートなのかネタなのかよくわからないですよね(笑)。私にとってコンペに出品することは手紙を送る感覚に近くて、自分の作品を受け入れてもらえるのはどんな領域なのかをマーケティングしていたところがありました。また、コンペに出す資料をまとめる過程で自分の考えが整理されたり、コンセプトが明確になるという点も大きかったです。
人間の本質を突く「エンターテインメント」
— 文化庁メディア芸術祭で、アート部門ではなくエンターテインメント部門に出品した理由を教えてください。
私が作品をつくる動機として、観てくれる人を楽しませたいというのがあるんですね。また、これまでに私が嫉妬した作品の大半が出品されていたことや、学生時代からファンだったアーティストやクリエイターが審査委員に多かったことなどもエンターテインメント部門に出した理由です。そして、視聴覚にインパクトを与える作品が多いエンターテインメント部門で、あえて人間の本質を突きつけるようなものを出したら浮くだろうという戦略的な意識も若干ありました。ただ、受賞できるとしても10年くらい先のことだと思っていたので、最初は何かの間違いじゃないかと思いました。受賞理由が公開され、作品のクオリティよりもコンセプトを評価してくださったことがわかり、少し安心できたのですが(笑)。
— 文化庁メディア芸術祭は、プロ/アマ問わず幅広い分野の作品を出すことができる貴重なコンペだと思いますが、応募を検討しているクリエイターへメッセージをお願いします。
私自身がそうだったように、はじめは何を相手に戦えば良いのかわからないことが多いと思うんですね。例えば、ガラスの器をつくっている人が、自分の作品は工芸なのか、デザインなのかというのがわからないということも少なくないはずです。先ほどもお話ししたように、自分の作品のマーケティングをするつもりで応募してみるというのも良いのではないかなと思います。
— 最後に、市原さんが今後目指していることについてお聞かせください。
自分がつくったものが一点物の作品としてありがたがられるよりも、エンターテインメントとして複製され、色んなところに広がっていくといいなと思っています。「デジタルシャーマン・プロジェクト」がそうした作品になれるかはまだわかりませんが、テレビなどのメディアで紹介されると高齢者の方々からの反応も良いので、高齢化が進む日本ではアリかもしれないという気がしています。
取材・文:原田優輝 撮影:後藤武浩
市原えつこ
http://etsuko-ichihara.com/
プロ、アマチュア、自主制作、商業作品を問わず、インタラクティブアート、映像、ウェブ、ゲーム、アニメーション、マンガをはじめとするメディア芸術の広範な表現による多彩な作品を募集。
募集期間:2017年8月1日(火)~ 10月5日(木) 日本時間 18:00 必着
多様な表現形態を含む受賞作品と、功労賞受賞者の功績を一堂に展示するとともに、シンポジウムやトークイベント、ワークショップ等の関連イベントを実施。国内外の多彩なクリエイターやアーティストが集い、“時代(いま)を映す”メディア芸術作品を体験できる貴重な13日間。
会期:2017年9月16日(土)~28日(木)
時間:11:00~18:00
※16(土)・17(日)・22(金)・23(土)は20:00まで
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 、東京オペラシティ アートギャラリー ほか
入場料:無料
主催:文化庁メディア芸術祭実行委員会