アートを通じて成田空港の新しい価値を生み出す「NARITA ART RUNWAY」―“記憶に残る場所”を目指して

アートを通じて成田空港の新しい価値を生み出す「NARITA ART RUNWAY」―“記憶に残る場所”を目指して

デザインに携わる方にとって、コンテスト(コンペ)はキャリアアップの登竜門として欠かせない存在だ。一方で主催する企業・団体にとっては予算も労力もかかる事業。それでも開催するのには、社会や業界へ向けた揺るがない想いがある。JDNでは「なぜ企業はコンテストを開催するのか?」と題して、コンテスト主催企業へのインタビューを不定期連載している。

今回フォーカスするのは、成田国際空港を舞台に、若手アーティストの作品を公募・展示するアートコンペティション「NARITA ART RUNWAY」。出発や到着のための“通過点”とされてきた空港を、アートを通じて“記憶に残る場所”へ。そんな想いからプロジェクトは生まれた。

第1回目となる今回のテーマは「キャリーケース」。空港でさまざまな人が持ち歩くキャリーケースをモチーフに、空港という特別な空間を活かした平面・立体作品を幅広く募集した。コンテストと展示を通して見えてきた、アートが空港にもたらす新たな価値、そして、成田空港が目指す姿とは。企画を手がけた成田国際空港株式会社の亀田侑さんにお話を聞いた。

「通過点」から「目的地」へ。プロジェクト誕生の背景

――まず、「NARITA ART RUNWAY」の概要について教えてください。

「NARITA ART RUNWAY」は、成田空港ではじめて開催するアートコンペティションです。日本の若手アーティストが世界へ進出するためのきっかけをつくりたいという想いからはじまりました。

NARITA ART RUNWAY 2025 大賞「NO DESTINATION/YUSUKE WAKATA」

亀田侑

亀田侑 成田国際空港株式会社 CS・ES推進部 営業企画推進室。大阪市立大学大学院 工学研究科 都市系専攻(建築計画研究室)修了後、2019年に入社。施設の維持管理や改修工事の発注・工事管理、空港周辺地域の環境対策、空港整備計画などに携わり、2025年7月より現職。現在は、空港内の空間演出やイベント企画、各種プロジェクトを担当し、CX/EX向上施策を推進している

大きな特徴のひとつは、作品を空港内に展示できることです。月に何百万人もの人が行き交う空港という場所で作品を見てもらうことで、世界中の人々にアーティストの存在を知ってもらえる。そこに来る人と作品が出会うことで、新しいコラボレーションが生まれるような場になればと思っています。

――企画が立ち上がった経緯を教えてください。

成田空港はこれまで、「旅の通過点」としての役割が中心でした。一方で、海外空港では、アートやエンターテインメントを積極的に取り入れ、空港そのものを目的地化する動きが進んでいます。例えばシンガポールのチャンギ国際空港やカタールのハマド国際空港は、独自の演出で“観光地のような空港”をつくり出しています。そうした空港は、単なる通過点ではなく「この空港を経由したい」と思わせる魅力を備えています。

成田空港を、アートとデジタルの力で新たな文化が育つ場所へと進化させ、ここでしか味わえない旅客体験を創りたい。それが、このプロジェクトの出発点です。

――初回のテーマである「キャリーケース」は、どのように決まったのですか?

もともと2024年11月に、キャリーケースを題材にした日本のアーティストによる企画展「キャリーアート展 / CARRY ART EXHIBITION」を開催しました。そこで、空港でアートを展示することの可能性を感じたのがきっかけです。

「キャリーアート展 / CARRY ART EXHIBITION」開催時の様子

「キャリーアート展 / CARRY ART EXHIBITION」開催時の様子

その流れを受けて、今回は若手アーティストに光を当てたいと考えました。せっかく空港で開催するなら、「旅」や「移動」を感じるテーマがいい。いくつか候補を出した中で、一番親しみやすく象徴的だったのがキャリーケースでした。

キャリーケースは、誰もが持つ旅の象徴でもあります。実際に作品の多くは物理的にキャリーケースを使ったものでしたが、中には“中身に詰まった想い”をテーマにした映像作品も。目に見える荷物だけでなく、そこに込められた記憶や感情を表現した作品もあり、初回にふさわしいテーマだったと思います。

NARITA ART RUNWAY 2025 佳作「Unpacking the Invisible/RIKI OSAWA」

NARITA ART RUNWAY 2025 佳作「Unpacking the Invisible/RIKI OSAWA」

若手アーティストに光を当てるためのコンペティション

――募集開始にいたるまで、大変だったことはありましたか?

キャリーアート展での経験から、実際に展示してみると「すごくいい場所ですね」と言ってくださるアーティストの方は多かったのですが、「空港=アート展示の場」という認識はほとんどない。そこがまず不安の種でした。

そして、展示空間には安全基準や設置条件など空港ならではの制約も多いです。作品の強度や搬入経路なども含めて、どうやって現実的に展示を成立させるか。その担保には時間をかけました。初の取り組みだったので、とにかく手探りの連続でしたね。

NARITA ART RUNWAY 2025 佳作「時間の交差/KODAI KANAMORI」

――さまざまな方法がある中で、あえて「コンテスト」という形を選んだ理由は?

実は空港には複数の作品が常設展示されているものの、それがどのような経緯で設置されたものなのか、来場者やスタッフもあまり知らないんです。だからこそ、アワードという“ストーリーを持った形式”で紹介することに意味があると思いました。アーティストがこういう想いでつくったという背景を共有できると、アートの見方が変わるとともに、空港は開かれた場所なんだと認知してもらえるきっかけにもなるんじゃないかと。

また、空港は日本の玄関口です。世界へ旅立つ人も、帰ってくる人も訪れる場所であり、そこに作品が展示されることで、「日本にはこんな素敵なアートがあるんだ」と印象づけられる。昨年のキャリーアート展ではプロのアーティストと取り組んだ流れがあったので、その延長として、若い人たちにも表現の場を開きたいという想いがありました。

空港の“動き”と響き合う。“空港らしさ”を活かした展示

――応募作品にはどんな傾向がありましたか?

最終的に約180点の応募があり、特定のジャンルに偏りはなく絵画や立体、映像など幅広かったです。応募条件は35歳以下でしたが、高校生から社会人まで幅広い層の応募があったのは嬉しいポイントでした。特に高校生が挑戦してくれたことで、将来への可能性を感じましたね。

今回は“完成品”ではなく、まずコンセプトシートを提出してもらい、選出後に作品を制作するというプロセスにしたので自由な発想が多かったのも印象的でした。

亀田侑

審査はまず一次選考をおこない、そこから決選投票のような形で最終的に4作品を選びました。結果的に、映像や立体的な表現といった動きのある作品が残ったのは、やはり「空港」という場所の特性もあったのかもしれません。

――展示場所も自然に空港の風景に馴染んでいましたね。

ありがとうございます。展示場所についても何度も議論を重ねました。ギャラリーのような空間をつくるか、それとも空港のパブリックアートのようにオープンに展示するか。最終的には“開かれた空間”に展示することにしました。空港を訪れる人たちは、作品を見に来る目的でそこにいるわけではありません。だからこそ、何気なく行き来する動線の中で作品と出会える展示がいいと考えました。

展示している第2ターミナルのチェックインロビーは、普段は何もない場所です。普段人が行き来する通路の中央に突然作品が並ぶので、最初は「通行の妨げになるのでは」と心配もありました。設置直後はスタッフ全員がヒヤヒヤしていました(笑)。

でも実際にはじまってみると展示に対するご指摘は少なく、みなさん自然に受け入れてくださったのだと思います。毎日訪れる人が違う空港だからこそ、「常に新しい来場者が鑑賞する展示」になります。これは、アーティストの作品を世界に向けて発信するという意味でも理想的でした。

また、今回選ばれた作品は動きのあるものが多く、人の行き交うチェックインロビーにもよく馴染んでいました。背景には大きなデジタルサイネージもあり、作品の“動き”と空港の“動き”がうまく響き合う、空港らしい展示になったと思います。

――展示を見たお客さまの反応や、アーティストからの反響はいかがですか?

毎朝、出社前に会場の様子を確認しに行くのですが、海外の方も足を止めてじっくり見てくださる方が多いですね。秤を使った作品に触れてみたり、子どもが作品のまわりをくるくる回ったりして。言葉はわからなくても、興味を持ってくれているのが伝わります。

受賞者の一人が「保安検査場の大型サイネージが大好きで、あの空間に自分の作品があるのが本当に嬉しい」と話してくれたのが印象的でした。そうした言葉を聞くと、実施してよかったと心から思います。

NARITA ART RUNWAY 2025 佳作「What are you carrying?/KIZUKU WAKITA」

NARITA ART RUNWAY 2025 佳作「What are you carrying?/KIZUKU WAKITA」

――準備の段階では苦労も多かったのでは?

想定外のことはたくさんありました。電源設備の制約や警備ロボットの動線変更まで。でも、現場の方々が協力的で、本当に助かりました。安全面の配慮も重要で、高さ制限や危険物の扱いなど、通常の展示よりも厳しく管理する必要があります。それでも、想像以上に作品が空間に自然に馴染んでくれました。

ただ、2カ月という展示期間は思った以上に長く、維持することも課題でした。作品を常にベストな状態で見てもらうために、日々のメンテナンスは欠かせません。今後はその運営体制も含めて改善していきたいです。

記憶に残る、目的地としての空港を目指して

――展示を通して、どんな発見がありましたか?

空港という場所には美術館とは異なる大きな可能性があると感じました。天井が高く、広がりのある空間には、毎日多くの人が行き交い、アートと“出会う”体験が自然と生まれます。

空港は本来、目的地に向かうための通過点ですが、そこを“記憶に残る場所”に変えていきたい。デザインやクリエイティブの力で、旅のはじまりや終わりに感動を生み出す空間にしていきたい。「○○に行くならこの空港を使いたい、経由したい」と思ってもらえるような、目的地としての空港に。その実現にアートは欠かせない要素です。

――今後の展開や目指している姿について教えてください。

「NARITA ART RUNWAY」は今後も継続していく予定ですが、次回は別の場所での開催を検討しています。テーマと展示場所を連動させてより完成度の高いアワードへと発展させていきたい。各ターミナルを巡る形で、回遊型の展示にするのもおもしろいかもしれません。

成田空港を「日本のカルチャーやアートを感じられる場所」として育て、空港全体のブランド価値を高めていくことが目標です。まずは目の前の一歩を丁寧に積み重ねながら、飛び立つ作品たちとともに、成田空港から世界へ新しい可能性を広げていきます。

NARITA ART RUNWAY
https://www.nar.tokyo/

コンテストの実施にご興味のある方へ
株式会社JDNでは、多くのコンテスト(コンペ・公募・アワード)の開催を長年支援しています。コンテスト開催の手引きをご用意しておりますので、ご興味のある企業・団体の方は下記よりお問い合わせください。お問い合わせフォーム(Contest iroha – コンテスト相談所 – 内)
https://w.japandesign.ne.jp/form/irohainq?k3ad=jdn04

初出:デザイン情報サイト「JDN」
https://www.japandesign.ne.jp/interview/why-naritaartrunway/

執筆:高野瞳 撮影:高比良美樹 取材・編集:石田織座(JDN)

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