日常にアートを。星乃珈琲店が絵画コンテストを開催する理由とは?

デザインに携わる方にとって、コンテストはキャリアアップの登竜門として欠かせない存在だ。一方で主催となる企業・団体にとっては予算も労力もかかる事業。それでも開催するのには、社会や業界へ向けた想いがある。JDNでは「なぜ企業はコンテストを開催するのか?」と題して、コンテスト主催企業へのインタビューを不定期連載する。
本記事では、今年で第10回を迎える「星乃珈琲店絵画コンテスト」にフォーカス。全国で店舗を展開する喫茶店チェーン・星乃珈琲店が開催するコンテストで、クリエイターに活躍の場を提供するために受賞作品を買い上げ、全国の店舗で巡回展示している。
なぜ喫茶店チェーンである星乃珈琲店が絵画コンテストを開催するのか? コンテストにどのような想いが込められているのか。本コンテストの企画運営に携わる塀内裕子さんにお話をうかがった。
アーティストが活躍する舞台をつくりたい、手探りでコンテストを企画
――はじめに星乃珈琲店が絵画コンテストをはじめたきっかけを教えてください。
コンテストの原点は、弊社の会長である大林豁史の「若い才能を応援したい」という強い想いでした。大林自身アートが大好きで、国内外からアート作品を収集していくうちに、若く才能あふれるアーティストにもっと活躍してほしいと思うようになったそうです。
星乃珈琲店として何ができるか考えた時に、“蔵造り”タイプの店舗には白壁の空間が多くあることに気づきました。「ここに若手アーティストの作品を飾れたら、訪れたお客様にとっても、特別な時間になるのでは」とコンテストを発案。活躍するアーティストとのコラボレーションではなくコンテスト形式にしたのは、才能あるアーティストを発掘するためです。審査員の先生方を招いて審査をした上で、店舗に展示することを決めました。

塀内裕子(へいうちゆうこ) D&Nレストランサービス株式会社 店舗開発部。金沢美術工芸大学・環境デザイン学部卒業後、nendoや丹青社、CPCenterにて商業施設・空間デザインに携わる。現在は日本レストランシステムの設計部門であるD&Nレストランサービス 店舗開発部に所属し、ドトール・日レスホールディングスが展開する各ブランドの空間づくりを担う。おもな担当実績に、「星乃珈琲店絵画コンテスト」の立ち上げと運営をはじめ、「神乃珈琲(学芸大学/焙煎工場兼カフェ)」、「梟書茶房(池袋/書店とのコラボレーション)」、「星乃珈琲店 中央林間店(図書館とのコラボレーション)」などがある

巡回展示の様子。写真は星乃珈琲店 練馬中村店(2024年12月時点)
――塀内さんがコンテストの企画運営に携わることになったのはどのような経緯だったのでしょうか?
私は店舗開発を担当しているのですが、この絵画コンテストは「アートで空間を彩る」という文脈も含んでいるため、普段内装に携わっている店舗開発部門に話が舞い込んだんです。また、私が美大出身ということで企画に関わってくれないかと。とはいえコンテストの企画ははじめてだったので、コンテスト情報サイトの「登竜門」などを参考にしながら手探りではじめました。
――はじめてのコンテスト企画ということで、どのように形にしていったのでしょうか?
作品が本当に集まるのか不安もあったので、とにかく応募ハードルを低くしようと思いました。応募無料、作品のテーマは自由、応募方法は作品を撮影して画像データを送るだけ。年齢やジャンルを問わず多くの人に応募してもらいたいという想いで応募要件を決めていきましたね。

一次審査の様子。膨大な数の応募作品を壁一面に展示して審査していく
会長が美術作品を購入していたご縁から審査員の方々も決定し、心強い審査体制を整えることができました。審査基準は、コーヒーを飲みながら安らげる絵画作品かどうか。「星乃珈琲店を訪れる老若男女さまざまなお客様がほのぼのと優しい気持ちになれる作品を」と、審査員の先生方に基準を定めていただきました。おかげさまで毎年自分の描きたいものをのびのびと表現した、とても初々しい作品が選ばれています。

第9回 星乃珈琲店絵画コンテスト グランプリ「美しい日」安積明里さん
3,000作品近い応募も。コンテストの持つ影響力を実感
――「星乃珈琲店絵画コンテスト」を開催し、どのような反響や成果がありましたか?
「作品が集まらなかったらどうしよう……」という不安とは裏腹に、初回から1,656作品ものご応募をいただきました。多い年には2,847作品が集まり、ここまでたくさんの方に応募いただけるとは想像もしていませんでしたね。
また、老若男女幅広い層が訪れる場所に展示することで、応募者の方の年齢層も毎年広がっていると感じています。これまでの受賞者で最年少が4歳、最年長が90歳。作品ジャンルも多岐にわたり、見応えのあるコンテストになってきました。

第6回 星乃珈琲店絵画コンテスト 星のこども賞「ドアから出たら魔女の家の庭」三谷碧唯さん(受賞当時4歳)
最近では、受賞者の方が当コンテストの受賞歴をきっかけにほかのコンテストで賞を受賞されたり、プロフィールにも掲載していただけるようになってきて、若手アーティストにとっての登竜門として徐々に認知されてきた実感があります。
――店舗スタッフからの反響はいかがでしたか?
コンテスト開催当初は戸惑う声も多かったです。大きな作品だと重い上に、木箱に厳重に梱包されて店舗に送られてくるため、店舗に運び入れるだけでも一苦労。本業以外の業務が増えることを心配する声もありました。
しかし、作品を展示してしばらくすると、その絵をきっかけにスタッフとお客様との間にゆるやかなコミュニケーションが生まれたり、「今日はどんな作品が来たのかな?」とスタッフ自身も作品を心待ちにしてくれるようになったんです。いまでは展示店舗を訪れると「次回のコンテストもぜひうちで展示を!」と声をかけてもらうことも多く、店舗運営にも貢献できていることを感じています。

巡回展示の店舗に置いてある作品集。来店者は自由に閲覧できる
さらに多くの人と作品をつなぎ、アーティストにとって意義あるコンテストへ
――「星乃珈琲店絵画コンテスト」の今後の展望について教えてください。
おかげさまで10周年を迎え、絵を描かれている方や関心のある方からの認知度は年々高まっていると感じています。次のステップとして目指したいのは、そうでないお客様も含めて当コンテストの魅力を伝えていくことです。
最近お客様からいただいた言葉でハッとしたのが、「評価されている作品は美術館で見られるけれど、これから評価されていく作品を、ふらっと立ち寄った喫茶店で見られるなんてうれしい!」というものです。「これこそがこのコンテストが目指すべき方向なのでは?」と「星乃珈琲店絵画コンテスト」が提供できる価値体験を再認識しました。受賞作品の展示を通して、さまざまなお客様がコーヒーを飲みながら気軽にアートと触れ合える体験をたくさんつくり出していきたいですね。
また、最近ではアクセスの良い原宿・銀座・新宿などの店舗に小さなサイズの作品を展示する試みもはじめています。作品のテーマやモチーフに統一感を持たせた展示など、今後は見せ方も含めて工夫していけたらと思います。

巡回展示の様子。写真は星乃珈琲店 銀座8丁目店(2025年5月初旬時点)
――コンテストの注目度が上がることで、アーティストにとってコンテストの持つ影響力も強まりますよね。
たくさんのアーティストに応募いただければ、より心を惹きつける作品も多く集まってきます。そして、受賞後も作品が店舗に飾られ続けるのがこのコンテストの魅力です。だからこそ、優れた作品やアーティストの魅力が多くの人に届くような環境を、私たちの手でつくり続けていきたいと考えています。
――最後にコンテストの開催を検討している企業に向けてメッセージをお願いします。
正直言うと、コンテスト運営は手間もかかりますし、店舗への負担も決して小さくありません。しかし、コンテストを開催する過程でスタッフの意識が変わり、お客様との会話が生まれ、ブランドそのものの魅力がじわじわと育っていくのを肌で感じています。アートは難しく捉えられがちですが、日常の延長線上にちょっとした感動を生み出してくれる存在として大きな意味があるものだと思っています。
そして最初の小さな取り組みが、やがてブランドの“顔”になることもあるかもしれません。「うちも何かできるかもしれない」と感じた企業・団体様がいれば、ぜひ一歩踏み出してみてほしいです。
星乃珈琲絵画コンテスト
https://artcontest.hoshinocoffee.com/
株式会社JDNでは、多くのコンテスト(コンペ・公募・アワード)の開催を長年支援しています。コンテスト開催の手引きをご用意しておりますので、ご興味のある企業・団体の方は下記よりお問い合わせください。お問い合わせフォーム(Contest iroha-コンテスト相談所内)
https://w.japandesign.ne.jp/form/irohainq?k3ad=jdn03
執筆:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 撮影:葛西亜理沙 取材・編集:石田織座(JDN)