たどってきた印象のかけらを内包したコラージュ、「Idemitsu Art Award 2024」グランプリ 笹本明日香1 / 2 [PR]
今年度の「Idemitsu Art Award 2024」では、昨年度を上回る応募総数734名922点という激戦の中、笹本明日香(ささもとあすか)さんの「アクセス」がグランプリに決定した。今年度の受賞・入選作品などが紹介される「Idemitsu Art Award展 2024」を前に、笹本さんに受賞作への思いや今後の制作についてお話をうかがった。
マンガへの憧れから図像への関心へ
今年度の審査員は、大浦周氏(埼玉県立近代美術館主任学芸員)、正路佐知子氏(国立国際美術館主任研究員)、竹崎瑞季氏(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館キュレーター)、菅亮平氏(美術作家/広島市立大学芸術学部講師)の4名。
全員一致で、笹本明日香さんの「アクセス」がグランプリに選ばれ、300万円が授与された。2008年に多摩美術⼤学美術学部絵画学科油画専攻を卒業した笹本さんは、東京を拠点に作家活動を続けている。
――笹本さんはアラスカ生まれだそうですね。アーティストになった経緯を教えていただけますか?
アラスカには父の仕事の関係で、生まれてから2年ほどしか住んでいないので大きな話はないんです。ただ、姉兄から聞く当時の話や写真、外国のおもちゃを持ち帰って遊んだ影響は少なからずありますね。
子供の頃から絵が好きで、マンガやアニメ、ゲームの影響を受けて育ちました。まねごとでマンガを描くうちに図像に興味が沸き、美術大学を志すようになっていきました。多摩美術大学で油画を専攻したのは、中学時代に美術部で油絵の経験があり、美術予備校の見学時に油画科は表現に幅があると感じたからです。
――在学中はどのような制作を行っていたのでしょうか?
油絵という手法で制作していく中で、自分にとってさらにベストな表現方法はないかと模索し始め、紙粘土に絵の具を塗り込んだものや布を画面に貼り付けたり、雑誌そのものに何かを貼ったり、さまざまなアプローチを試みました。
その中で教科書や参考書の説明図など、印刷図版が自分にインパクトを与えてくれるものとして再認識し、自分に影響を与えているものを引用・コラージュするという手法を用いるようになりました。
――今回、Idemitsu Art Awardに応募した理由を教えてください。
美術予備校でシェル美術賞を知り、大学でも同級生が精力的に挑戦して入選・受賞する人もいて、アートシーンで闘う作家を知る情報源にもなっていました。卒業後も制作のモチベーションとしてさまざまな公募展に挑み、入選経験もあります。
けれど、シェル美術賞およびIdemitsu Art Awardでは入選したことがなく、今回で年齢制限のラストチャンスだったため、受賞を目標に応募しました。
落選した過去作をコラージュ作品にトランスフォーム
――受賞作はどのように構想したのですか?
実は2年前にもIdemitsu Art Awardに大型のペインティング作品を3点出品したのですが、すべて落選してしまいました。今回は、そのうちの2点を使い、キャンバスを剥がして裏返しに貼り、ジェッソを塗ってその上に描いた作品を2点出品しました。
自分の手法としては、同一レイヤーに一枚の色面として絵具を描き重ねていくことに違和感があったので、今までずっと取り組んできたコラージュでいこうと決意して挑みました。2年前の落選という出来事も素材の一つと考える必然性を感じました。
――過去に取り組んだ時間も受け継ぎながら新しい画面をつくりあげたのですね。
はい。下地を作って真っ白にして、紙にドローイングする感覚で描きました。今までペインティング作品で、絵の具で下地を作ることを当たり前の過程としてやっていましたが、思い切って白い状態で制作した方がいいと判断しました。
大学卒業後、CM絵コンテライターの会社でPhotoshopを学んだ経験を機に、素材一つひとつにレイヤーがあるという捉え方が生まれました。今回の作品の白い画面は、Photoshopの「透明」を表す「レイヤーに何もない状態」に近いイメージです。
――人物像のモチーフはどのように選び取ったのですか?
兄が中学の頃に使っていた体育実技の教科書にあるイラストレーションをもとにしています。学生の頃からずっと強く印象に残っていて、この図像がもたらす記号性や、作り手の自我が切り離されている性質などからヒントを得ています。教科書の図像をそのまま使うのではなく、例えば、野球のページの腕と陸上のページの脚を部分的に組み合わせるなどして再構成しました。
――体のねじれが面白く出ていますね。人物のねじれや体操着を着せた理由はありますか?
大人になって、学校という場所の独特さを思い返すことがよくあります。制服の匿名的、記号的な感覚とか。体操着もまた、体育という特殊な儀式を行うための記号として印象に残っており、体を動かす行為の象徴として用いたいと考えました。
筆で描いてストロークで表すのではなく、拡大コピーした下絵に合わせ、黒い絵の具で着色した布をハサミで切り、キャンバスに線画として貼り付けています。自分でも初めて見たうねりや表情になり、楽しかったです。
――人物のまわりに、印刷物などを切り抜いた小さな紙片がコラージュされていますね。
生活の隙間時間で気に入って切り貯めた素材を貼り付けています。子どもの頃に抱いていたマンガ家になりたいという幻想や執着、今まで影響を受けてきたもの、思い入れや出来事など、自分がたどってきたものを作品に落とし込んでいます。
漫画用のつけペンで線を描いたり、活用できなかったスクリーントーンを使ったり、実生活で食べたお菓子や日用品のパッケージ、以前に描いた自作の一部を貼ったり。今回の作品に使おうと思わずに集めたものも含まれています。
――パーツの配置には意図があるのですか?
ここにこのパーツを置いたらこちらに置きたくなるという欲求、あるいは置きたくないという反発に沿って配置しています。デザイン的にならないように、あるいは絵画的なバランスをあえて崩したり、物語性を部分的に出したりしました。
――どのような判断でフィニッシュ(完成、終了)したのでしょうか。
最終日は徹夜でしたが、最後に、コラージュだけでなく、自分で描いた線も必要だと判断して線で描画しています。作品搬入の集荷が来るギリギリまで描いて送り出しました。
実は、応募したもう1点の作品の方が、コラージュの大きさや構成が作品の完成度として伝わりやすいかなと思っていたため、受賞のご連絡をいただいたときには、タイトルを聞くまでもう1点の作品が受賞したと思い込んでいました(笑)。