蝋けつ染めで描き出す偶然性の絵画 「FACE2024」グランプリ 津村光璃 [PR]
SOMPO美術財団が2012年度に創設した絵画公募展「FACE」。「年齢・所属を問わず、真に力がある作品」を広く募集し、新進作家を発掘する機会として幅広い世代に定着しつつある。今回の「FACE2024」にも国内全域から1184名の応募があり、入選作品78点(うち受賞作品9点)が決定した。2月17日から3月10日まで東京・新宿のSOMPO美術館で開催されている受賞入選展「FACE展2024」では、その入選作78点が一同に展示されている。
グランプリは、2024年現在、佐賀大学大学院の地域デザイン研究科に所属する津村光璃さんの作品「溶けて」。染色の技法のひとつである「蝋けつ染め」を用いた同作品は、作者の意図とは別に偶然性を孕んだ色の重なりや滲み、形があらわれ豊かな表情をみせる。編集部では、津村光璃さんに受賞作のコンセプトや制作の過程、普段の作品づくりについてうかがった。
公募展は自身の制作を進化させるチャンスのある場
——「FACE2024」のグランプリ受賞、おめでとうございます。まずは、受賞の感想や心境の変化などをお聞かせください。
はじめは「私の作品がグランプリ……!」とただただ驚いていました。大学院の教授や同期、先輩、後輩など周りの方たちに報告していろいろな反応をもらって、ようやく実感や喜びの感情が湧いています。
また、制作や作品、将来の活動について考える機会が増えました。今書いている論文で、受賞作品の制作で使った蝋けつ染めの技法や染料を取り上げようとしていることもあり、「染めるからこそできる表現っていったい何だろう?」といった今まで漠然と思っていたことを明確に意識するきっかけになった受賞でもあります。
——今後も制作活動を続けるにあたり、受賞はひとつの大きなきっかけになっていそうですね。今回、数ある公募展の中でFACEに応募した背景は何だったのでしょうか。
これまで、蝋けつ染めの技法と染料を用いた作品を工芸系の展覧会に出展する機会はありましたが、平面作品や絵画系の展覧会に出展する機会はなかったんです。教授から挑戦してみたらどうかと言われ、自分自身も前向きな気持ちで調べていたところ、大学構内にFACEのチラシが掲示されているのを見つけました。「年齢・所属を問わず、真に力がある作品」を広く募集するという自由な雰囲気や間口の広さに惹かれました。
年齢や所属、技法、スタイルがさまざまな制作者と出会う中で、自分の制作にフィードバックできるだろうと思ったのも、応募した理由のひとつです。過去に出展した工芸の公募展では、作品搬出時に出展者と交流できるタイミングがありました。お互いの作品や技法、制作について聞いたり話したりする中でいただく意見、そこで交換する言葉が貴重だなと思った覚えがあります。FACEに対しても、今後の制作を進化させていくのに活かせる指摘やヒントをもらえる機会になるのではと期待していたんです。
「偶然性を活かした不思議な画面」を目指した
——ここからは受賞作「溶けて」について伺っていきます。使われている蝋けつ染めという技法はどういうものなのでしょうか。
蝋けつ染めは、溶かした蝋を布に塗って、その部分を染まらなくする「防染技法」のひとつです。蝋が塗られていない部分に色が染み込み、形や柄を染めていきます。私は蝋けつ染めの中でも「蝋のもみ落とし技法」を用いて制作しています。蝋を塗って板のように硬くなった布から、手で蝋を少しずつもみ落としていくと、布には蝋がまだらに付いた状態になります。こうして「仕込み」を施した後で、生地に染料を直接かけていくと、蝋の付き方によって色の入り方が変わっていきます。
——染料は「アンスラゾール染料(可溶性建染染料)」を使われています。この技法と染料の組み合わせを選んだ背景を教えてください。
蝋のもみ落とし技法もアンソラゾール染料も、どちらも偶然性を孕んでいる点に魅力を感じていました。アンソラゾール染料は日光に当てると染まる特徴があり、たとえば日光量の少ない時間帯に染めるとキワのところだけ染まり、キワの内側は色が薄付きになります。そんな染料と蝋の付き方の掛け合わせによって、色ムラや色の複雑な重なりを表現できたり、蝋の粒々とした物質感が残ったり——。自分が表現したいと狙ったことと偶然に起こったことが合わさって、自分の想像を超えてくる画面に心惹かれています。
——技法と染料、材料の組み合わせで起きる化学反応を楽しまれているんですね。ちなみに、「溶けて」のモチーフはどんなものなのでしょうか。
家にあった芽の生えたジャガイモです。たまたま目に入りました。ニョキッと生えた芽に強い生命力のようなものを感じて、少し驚いたんです。また、芽そのものの見た目に「ぞろぞろ」とした、ある種の不気味さも感じました。私が画面上で表現したいことであったり、テーマのようなものに「不思議さ」「ちょっとした不気味さ」というものがあります。ジャガイモの芽が持つ独特の雰囲気が、作品に持たせたい雰囲気と合致したことで、モチーフが決まりました。
——特に濃い色がのっている部分について、見る者としても芽特有のぞろぞろ・ぞろっとしたイメージを受け取ります。「溶けて」の制作にあたり、初めて挑戦したことはありますか。
3つあります。ひとつ目は布の白い部分を多めに残したこと、ふたつ目はこれまでの作品では青や紫などの寒色系を多く使ってきましたが、それらに加えて黄や橙など暖色系の色味を入れたことです。3つ目は形です。ぞろぞろした細長い形だけでなく、丸っぽい塊のような形を取り入れました。「これまでにしたことのないやり方で画面をつくってみたら、どんな見え方になるだろう?」といった実験的な感覚で、制作と向き合ってきたと思います。
——多くの新たなチャレンジによって出来上がった「溶けて」ですが、作品を見にくる方にはどんなところに注目してほしいと思いますか。
各所に施した仕掛けを楽しんでいただきたいです。蝋があったであろう痕跡や蝋ならではのテクスチャー、染料が流れたり、途中で止まったりした様子、色の複雑なムラや重なりなど、ところどころに面白さを散りばめています。
画面に近づいて「ここが気になるな」というポイントをじっくり見ていただくのも良いと思います。また、技法と材料との関係性を考えながら、最も良いと感じた配置を意識して制作しているので、少し離れたところから画面を見て、構図を楽しんでいただくのも良いと思います。
私が意図的に配置した色や形もありますが、そうではなく、材料の力で偶然にあらわれた色や形もあり、それらの境界線は明確にはありません。いろいろな要素が溶け合って生まれた曖昧さも楽しんでいただきたいですね。
「実験」「挑戦」のマインドを大事に、作品と向き合い続けたい
——おっしゃる通り「溶けて」は多様な鑑賞の仕方ができる作品だと思います。ぜひ多くの方に見ていただきたいですね。「溶けて」を通じて津村さんの今後に興味を抱く方もたくさん出てくると思いますので、これからの作家活動の展望をお聞かせください。
大学で教員免許を取り、将来は美術教員になる道を漠然と考えていましたが、今回の受賞がひとつの転機となって、作家活動の道も開けてきたなと感じています。どちらか1本の道を選ぶのか、どちらも選ぶのかは追々じっくり考えていきたいですが、いずれにしても「作品を制作し続けていくこと」に変わりはありません。
——最後に、FACE2025への応募を考えている方にメッセージをお願いします。
作品がたくさんの人の目に触れる公募展は、作品について意見交換したり、雑談が生まれたりする特別な場です。そこで得られたヒントや気づきは、制作に活かせるものもあるでしょうし、自主制作を続けるモチベーションにもなるはずです。とてもいい機会になると思うので、もし迷っている方がいるなら、勇気を出して応募してみてはどうでしょうか。
私自身も、蝋けつ染めによる平面表現について深く考えていくために、実験的な制作を繰り返すこと、そしてこの先も公募展やグループ展、個展など、作品を発表し続けていきたいと思っています。
FACE展2024 概要
●会期
2024年2月17日(土)~3月10日(日)10:00~18:00
※入館は閉館30分前まで、月曜休館
●会場
SOMPO美術館(東京都新宿区西新宿1-26-1)
●観覧料
700円/高校生以下無料
※学生は学生証・生徒手帳を提示すること
※障害者手帳、被爆者健康手帳を提示の方は無料(詳細は公式ホームページにて確認)
公式ホームページ
https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2022/face2024/
FACE2025 募集概要
●応募期間
2024年9月9日(月)~10月11日(金)
●賞
グランプリ(1点) 賞金300万円
優秀賞(3点) 賞金50万円
他賞あり
●募集内容
未発表の平面作品
執筆:池田園子、撮影:木澤淳一郎、取材・編集:萩原あとり(JDN)