公共の住空間にアートを。学生のための立体アートコンペ「AAC2022」最終審査会レポート1 / 2 [PR]

AAC20022(アーバネットコーポレーション主催)最終審査会でプレゼンする、広島市立大学大学院 芸術学研究科 造形計画研究 金属造形の平尾祐里菜さん
2022年10月17日、アーバネットコーポレーションが主催する学生限定の立体アートコンペ「アート・ミーツ・アーキテクチャー・コンペティション2022」(ART MEETS ARCHITECTURE COMPETITION 以下、AAC)の最終審査会が行われた。

アーバネットコーポレーションでは、自社開発したすべての新築マンションのエントランスホールにアートを展示し、居住者を楽しませている。その活動の中で、発表の機会が少なく卒業後の制作活動を断念することも多い学生にチャンスを提供すべく、2001年から毎年開催しているコンペがAACだ。最終審査に進んだ学生には制作補助金を支給して実作を審査し、最優秀賞を受賞した作品が常設展示される。今回で22年目となる「AAC 2022」の最終審査会を取材した。

今回の作品設置場所は、東京都江東区に新築されたマンション「ラグゼナ錦糸町」のエントランスホール。作品は、幅2.4×奥行0.9×高さ2.2mの展示スペースに収まり、台座置きは約100kg以下、壁付けは約500kg以下で展示できるものという条件で公募された。審査員は、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗さん、『美術手帖』総編集長の岩渕貞哉さん、「AAC2006」入選者でもある彫刻家で、東京藝術大学 美術学部 彫刻科 准教授を務める大竹利絵子さん、アーバネットコーポレーション会長の服部信治さんの4名だ。

AAC20022(アーバネットコーポレーション主催)最終審査会で発表準備する東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専攻陶芸(ガラス造形)研究分野 博士2年の袁方洲さん

審査開始を待つ4名の審査員。右手前から、大竹利絵子さん、岩渕貞哉さん、保坂健二朗さん、服部信治会長

7月14日に開催された一次審査会では、応募総数93作品の中から最終審査に進む入賞3作品と、入選7作品が決定した。入賞したのは、前回も入賞した東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専攻陶芸(ガラス造形)研究分野 博士2年の袁方洲さんによる『サクラの柱』、東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専攻 漆芸領域の中居瑞菜子さんによる『杜の黎明(もりのれいめい)』、広島市立大学大学院 芸術学研究科 造形計画研究 金属造形の平尾祐里菜さんによる『千種万花(せんしゅばんか)』の3作品。制作補助金20万円が支給され、AAC事務局からの助言を受けて約2カ月間で実際に制作。最終審査会ではマンションのエントランスホールに仮設置し、作品のテーマや技法などについてプレゼンテーションを行った。

風景の記憶をガラスに留める ― 袁方洲『サクラの柱』

東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専攻陶芸(ガラス造形)研究分野 博士2年 袁方洲さんの作品

袁方洲『サクラの柱』 素材:ガラス

昨年の「AAC2021」で優秀賞を受賞し、2度目の挑戦となる袁さん。ガラスの焼成過程で自然条件によって偶然できる形を活かし、今年から「風景」をテーマとして、印象や記憶から生じる心象風景を表現している。今回はマンション周辺をリサーチし、錦糸公園で桜の花びらが散る瞬間を見たときの、周りの空間がピンク色に染まるような無常の美しさを表現。ピンク色に染めたガラスで鋳造された塊を5個、柱をイメージして積み上げた。

「建築物を支える『柱』の安心感と、春にしか見られない桜の美しさを融合し再構築することで、生活の中に存在する小さな感動の瞬間を伝えたい」と語る。制作にあたってはまず、ガラス粉砕機を使ってガラス粉から制作し、ガラス粉と釉薬顔料、発泡剤の混合比率を割り出した。材料を流し込む型まで自ら作っている。焼成には徐冷時間を含めて計900時間を費やし、迫力と儚さを併せ持つ作品に仕上げた。

袁方洲さんの作品を審査する、審査員の岩渕貞哉さん(『美術手帖』総編集長)

常設にあたり課題となる重量や耐久性について「ガラスを発泡させる『発泡鋳造』という技法を使い、通常のガラスより軽い上に割れにくい」、「釉薬の顔料をガラス粉に加え、830度の高温で溶かしたガラスに着色したので永久に変色しない」と説明した

審査員からの質疑では「応募時のプレゼンシートにあった、12個の立方体をまっすぐ積み重ねるプランから、サイズを拡大した5個の立方体を少しずつずらしながら積み重ねる造形に変更した理由」を聞かれ、「空間の中で動きのある造形にしたかった」と袁さん。角のくぼみなどの造形意図も聞かれ、「きれいに作ることも可能ですが、物質の有機的な変化、完璧ではないものの美しさも伝えたい」と答えた。立方体の積み方の角度と連結の強度などについても検討された。

漆技法で幸運を招くフクロウを表現 ― 中居瑞菜子「杜の黎明」

東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専攻 漆芸領域の中居瑞菜子さんによる『杜の黎明(もりのれいめい)』

中居瑞菜子「杜の黎明」 素材:漆、麻布、金粉、螺鈿、乾漆粉、天然石

神聖な森に住み、幸運をもたらすいきものとして親しまれるフクロウ。漆工芸を学ぶ中居瑞菜子さんは、今回初めて動物のモチーフに挑戦した。「杜の黎明」という作品名は「日々新しいことに挑戦する居住者をフクロウに代わって応援したい」という思いからつけられた。
 
仏像などの彫像制作に古来使われてきた乾漆技法や、蒔絵、螺鈿、漆黒の艶上げといった伝統的な漆芸技法を駆使している。まず水粘土で作った原型を石膏で型取り、その型に漆と麻布を貼り重ねる乾漆技法によって、堅牢でありながら、中は空洞のため軽量な立体となっている。体全体の色は紅葉をイメージしており、乾漆粉(乾いた漆を細かく砕いて粉状にしたもの)を体に蒔くことで、黒の艶上げと粉のざらつき、金蒔絵の対比が美しい仕上がりとなった。

中居瑞菜子さん「杜の黎明」

腹部分には銀粉蒔絵、羽根部分と顔と尾部分にはそれぞれ異なる質感の金粉蒔絵を施した。頭、後頭部、尾羽根にウズラの卵の殻を細かく砕いて貼ったり、眼球に貝を薄く研いだ螺鈿を貼ったりして表情に変化をもたらしている。

中居瑞菜子さん「杜の黎明」を審査する、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗さん、『美術手帖』総編集長の岩渕貞哉さん、「AAC2006」入選者でもある彫刻家で、東京藝術大学 美術学部 彫刻科 准教授を務める大竹利絵子さん

審査員からフクロウの造形についてさらに聞かれ、「背中やお腹のぷっくりした感じ、顔の形や耳のつき方などフクロウの特徴を残しつつ、360度どこから見てもシンプルで美しいフォルムやラインを追い求めました」と答えた。また、フクロウの足の1点で台座に固定する強度を懸念し、持ち去りの危険性など公共空間ならではの課題を指摘する審査員に、中居さんは「フクロウの内部に鉄製パイプと鉄製棒をジョイントする構造」で強度があることを説明。触られないようアクリルケースに入れることも検討された。

金属技法で多様な花や木が共存 ― 平尾祐里菜「千種万花」

広島市立大学大学院 芸術学研究科 造形計画研究 金属造形の平尾祐里菜さんによる『千種万花(せんしゅばんか)』

平尾祐里菜「千種万花」  素材:金・銀・銅・鉄・金泥

金属造形を学ぶ平尾祐里菜さんの作品タイトルは、「千種万様」をもじった「千種万花」。「職業や文化、国籍も多様な人々が集まって形成される都市・東京に建設されるマンションには、さまざまな人が入居するのではないかと思い、1本の木にさまざまな種類の花を咲かせました。花の種類や咲く季節が違っても共存して生きる様を表しています」と語る。

東京23区の区花・区木を調べあげ、重複をまとめて、ケヤキ、ウメ、アジサイ、ハギ、サクラなど10種類の花・木をモチーフとした。その中で同マンションが建つ江東区の区花、サザンカを主役に。花びらの赤色は塗装ではなく、江戸時代から伝わる着色法「緋銅」(銅を真っ赤になるまで熱し、ホウ砂液で急冷させることで地金を赤くする)に独自の技法を加え、素材の発色で仕上げた。雄しべはワックスでひとつずつ原型を作り、金で鋳造している。銅を熱すると現れる色膜「酸化皮膜」の色彩研究をしている平尾さんは、温度と時間をコントロールすることで、葉の緑色も素材の発色で実現した。

広島市立大学大学院 芸術学研究科 造形計画研究 金属造形の平尾祐里菜さんによる『千種万花(せんしゅばんか)』の中心になるサザンカ

金属に錆やくすみ、変色が出ないような工夫も。平尾さんは「あらゆる金属技法で、見るたびに新たな発見があると思います」と語る

1本の枝にいろいろな種類の素材を共存させるのは初挑戦。銀と銅と鉄は溶接できないので、付け目をなじませる作業も施している。大量の作業を後輩や同期の手伝いを得て乗り越え、全力を尽くした。審査員から設置方法について聞かれると、「4点で溶接しているので倒れることはない」「アクリルケースを考えている」と回答した。

審査する、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗さん、『美術手帖』総編集長の岩渕貞哉さん、「AAC2006」入選者でもある彫刻家で、東京藝術大学 美術学部 彫刻科 准教授を務める大竹利絵子さん

どの作品も、さまざまな位置から照明を当てたり、作品を回して角度を変えるなど、実際の設置を想定して検討されていた。実作を現地で審査するからこそできることだ。

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