デザインは「小さな合理性」を積み重ねること。「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」第13回グランプリ BAKU DESIGN1 / 2 [PR]
商品化を前提に、今までにないプロダクトデザインを募集する「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション(SNDC)」。2021年4月1日から第14回目となる作品募集が始まっている。
昨年行われた第13回のコンペでは、「これからのしるし」をテーマに作品を募集し、第12回を大きく上回る1,282作品が集まった。その中からグランプリに選ばれたのは、スーパー楕円の数式をはんこの形に用いたBAKU DESIGNの「|x|^5/2+|y|^5/2 =1」だ。
「登竜門」では、第13回のグランプリを受賞したBAKU DESIGNの石川草太さんと柳沢大地さんに、制作過程や作品に込めた想いを伺った(都合上、石川さんは対面、柳沢さんはリモートで取材を実施)。
はんこの在り方をあらためて考えた、「最も美しいしるしのカタチ」
―お二人は同じ大学出身で、石川さんはデザインを、柳沢さんは建築を学ばれていたと聞きました。そんなお二人のユニット「BAKU DESIGN」の活動は、いつから始まったのでしょうか。
柳沢大地さん(以下、柳沢):石川とは、学部1年のときに入ったサークルがたまたま同じで、そこで意気投合しました。ユニット結成前にも一度二人でコンペに応募したことがあり、大学の課題を相談する機会も多くありました。学部卒業後は、石川はそのまま大学院へ進学、僕は1年のブランクが決まっていて、その期間にもっと一緒に何かやりたいと思い、2020年春に「BAKU DESIGN」を結成しました。
石川草太さん(以下、石川):「BAKU DESIGN」という名前は、石川草太の「草」と柳沢大地の「大」を取った「莫 (バク)」から来ていて、「漠然としているけれど、確かにあるもの」をつくりたいという想いを込めています。この1年間、「BAKU DESIGN」として3つほどのコンペに応募しました。
―さまざまなコンペに挑戦された中で、SNDCに応募したきっかけや経緯を教えてください。
石川:ユニットを組む前からSNDCの存在は知っていて、実は第12回の際にもアイデアを考えていたのですが、応募には間に合いませんでした。今度こそ形にしたいと柳沢と相談して応募をしたのが参加の経緯です。
最初に考えていたアイデアは、カスタムできるロゴスタンプでした。第12回のコンペも第13回と同じ「これからのしるし」がテーマで、最初は若い世代にとっての「しるし」って何だろうと考えていて、SNSのアイコンが思い浮かんだんです。そこから自分の好きなようにカスタマイズできるスタンプを思いついたのですが、途中で行き詰ってしまって……。
石川:もう少し広い視点で考えてみようと思ったときに「SNSのアイコンって最近は四角から丸になったよね」という話を思い出し、今回の「スーパー楕円」というアイデアにつながりました。
―ではグランプリ作品である、「|x|^5/2+|y|^5/2 =1」のコンセプトを教えてください。
石川:「最も美しいしるしのカタチ」ということが作品の一番大きなコンセプトで、その「カタチ」をスーパー楕円の数式で表現しました。スーパー楕円はデザイン界隈で良く知られているカタチの一つで、さまざまな建築物や家具のデザイン、身近なところでは、スマートフォンのアプリケーションのアイコンなどにも用いられているんです。
特に、数式で|x|^a+|y|^a=1と表される曲線のうち、a>2のものをスーパー楕円と呼び、中でもa=2.5のときの曲線は「完璧な曲線」と言われています。この数式を用いたはんこであれば、カタチの美しさに加え、四角と丸のどちらの枠にもきれいに収まるところや、持ち心地の良さも魅力になると思いました。
柳沢:これまでの受賞作品を見ていると、「しるし」=はんこというところからアイデアを飛躍させたり拡張させたりしてつくられた、新しいプロダクトが多い印象がありました。そうしたものと差別化を図るために、僕たちはあえてはんこそのものに着目してみたんです。
また、最初のアイデアから「誰もが親しみを持って使いたくなるもの」をつくりたいという想いが根底にありました。はんこの在り方をあらためて考えたときに、本当に美しいものをつくればそれを実現できるのではと感じ、「スーパー楕円」のアイデアを広げていくことにしました。
実際の使用シーンを想定し、小道具も妥協なくつくりこむ
―実際の制作プロセスについても詳しくお聞きしたいのですが、今回の制作はどのように役割分担されたのでしょうか?
石川:最初のアイデア出しと模型の製作は、僕が行いました。
柳沢:僕は、石川のアイデアに対して別の可能性を探したり、深堀りして考え、肉付けしていったりということをしていました。あとはプレゼンテーションをするときにコンセプトをどう伝えるのが適切なのか考えることも、僕のおもな役割でした。
石川:プロダクト系のコンペに応募するときは、いつもこの役割分担で制作していて、反対に建築や空間系のコンペのときには役割を逆転させていましたね。
―お互いの専門分野が違うからこそ、役割分担もうまくいくんですね。応募する段階でのプレゼンシートでは、どのようなことを意識したのでしょうか。
石川:プレゼンシートの段階では、手触りや持ち心地の良さは伝わりにくいので、四角と丸にきれいに収まる印のカタチを押し出していこうと、見せ方を考えていきました。
柳沢:普通にはんこがポンと押してあるだけにも見えるのですが、よく見ると、その横に数式や座標が書き込んであることに気が付いてもらえると思います。はんこと数式、その違和感のある組み合わせが印象に残ればいいなと思って制作しました。まず印に目がいき、次に数式が目に入り、「どういうことだろう?」と思って文章を読む――そんな流れで見てもらえるようにシート上のレイアウトを工夫してみました。
―その後の模型製作では、どのようなところをブラッシュアップしていきましたか?
石川:一つははんこの太さです。3Dプリンターを使っていろいろな太さのものをつくって検証し、最終的には指の太さと同じくらいの13ミリのものが持ちやすいだろうという結論になりました。また、最終審査では審査員の方に手に取ってもらえることがわかっていたので、実際に使用されるシーンを想定して、ケースもつくりました。
石川:これがとても大変で、はんこのサイズぴったりにつくりすぎると出し入れがしづらくなるなど、ケースのサイズ調整に苦労しました。あとはケースを閉じる部分を、がま口や切りかけなどいろいろなパターンでつくりましたね。単純なつくりなのに難しく、はんこよりも模型をたくさん試作した気がします(苦笑)。
柳沢:はんこもケースも、置いてあるときの佇まいが美しいかとか、そうしたところもチェックするようにしていました。そのほか、審査員の方にはんこを試してもらうための用紙もつくりました。用紙には丸と四角の枠を印刷して、紙の種類もいろいろ試しましたね。制作中は、「できるだけいいものにしたい」という石川の気持ちが終始伝わってきましたし、お互いに率直な意見を言い合って進めることができたので、クオリティに妥協のない作品になったのではと思います。最後は徹夜で頑張りました(笑)。
―応募の段階で商品化はすでに意識していたのでしょうか。
石川:シンプルなはんこなので商品化自体はそこまで難しくないのではと思っていました。ただ当時は緊急事態宣言が発令されていて、外出自粛やリモートワークが進み、はんこの文化が見直される時期でもあったので、少し不安はありましたね。
柳沢:はんこにとっていまの状況が逆風なのはその通りだと思うのですが、問題の本質はそこではなく、事務手続きのシステムや仕組みにあると僕は思っています。はんこそのものの価値はまた別のところにあって、むしろはんこを押す機会が減るからこそ、押すときの意味合いが強くなるのではと感じています。
また、作品に数式を使ったのは、「標準化ができるから」というのも理由の一つです。大げさかもしれませんが、今回のはんこが「普遍的なはんこの形」の一つになる可能性があると考えたときに、厳密な定義のもとに形が決められていた方が、誰でもつくることができていいんじゃないかと思ったんです。そのため今回の作品は、「一つのフォーマットの提案」 でもあると思っています。