受賞者インタビュー
2021/02/01 10:00

「見えること」と「見えないこと」をテーマに、新しい絵画を描きたい。シェル美術賞2020グランプリ今西真也1 / 2 [PR]

「見えること」と「見えないこと」をテーマに、新しい絵画を描きたい。シェル美術賞2020グランプリ今西真也

「日々作品をつくり続けている若い作家が、自分の作品への評価を確認できる場を提供することによって、国内の文化・美術の発展に寄与したい」という思いから1956年に創設され、2020年で64年目(開催は49回目)を迎えた出光興産(トレードネーム:出光昭和シェル)主催の公募展「シェル美術賞」。40歳以下の若手作家による平面作品を対象とし、これまで高松次郎、菅木志雄、曽谷朝絵、笠井麻衣子らを輩出してきた。

2020年度は597名による846作品の応募の中から、今西真也さんの「Story-Where are we going?」がグランプリを受賞。2015年に京都造形芸術大学大学院を修了した1990年生まれの気鋭の作家だ。鑑賞者が見る距離を変えることで、線描の抽象絵画のようにも鳥のシルエットのようにも見える作品で、抽象性と幻想的なイメージという対照的な世界を同時に併せ持つことに成功し、高く評価された。今西さんに、制作の動機やプロセスなどについて話を聞いた。

グランプリ受賞作品「Story - Where are we going ?」

グランプリ受賞作品「Story – Where are we going ?」

見る人の頭の中でイメージを生み出すために、独自の技法を編み出す

——グランプリ受賞おめでとうございます。今回のシェル美術賞には、どのような動機で応募されたのでしょうか?

新型コロナウイルスの影響で、3月の東京アートフェアをはじめ、予定されていた展覧会やコミッションが中止や延期になって気落ちしていた時期に、後輩がシェル美術賞の公募チラシを持ってきてくれたんです。それを見て、こういう時こそチャレンジしたほうがいいなと思って応募しました。

——ちなみに今年、ほかのコンペにも挑戦されていますか?

いえ、僕の作品は実際に見ていただかないと伝わらないので、写真審査で落ちそうなコンペには出しません。なので、出せるコンペが少ないんです。また、多くのコンペでは平面作品の厚みがだいたい10センチ以下に規定されているんですが、僕の作品の厚みはそれを超えてしまうんですね。だから、まさか受賞できるとは思っていなくて、「グランプリです」と電話で言われた時には「何位ですか?」と聞き返してしまって(笑)。こんな歴史のある賞をいただけて本当にありがたいと思っています。

今西真也(いまにししんや) 1990年奈良県生まれ、奈良在住。2015年京都造形芸術大学大学院芸術表現専攻ペインティング領域卒業。現在はnca | nichido contemporary art所属。主な受賞歴に「Kyoto Art Tomorrow 2019 ー京都府新鋭選抜展」(優秀賞)、「3331 Art Fair 2015」(田中英雄賞 小松準也賞)。近年は韓国や台湾などを含めた国内外で展覧会を開催。

今西真也(いまにししんや) 1990年奈良県生まれ、奈良在住。2015年京都造形芸術大学大学院芸術表現専攻ペインティング領域卒業。現在はnca | nichido contemporary art所属。主な受賞歴に「Kyoto Art Tomorrow 2019 ー京都府新鋭選抜展」(優秀賞)、「3331 Art Fair 2015」(田中英雄賞 小松準也賞)。近年は韓国や台湾などを含めた国内外で展覧会を開催。

——受賞作の数年前から、分厚い絵の具のレイヤーを削るようにして描き出す独自の技法で作品を制作されていますが、まず今西さんがこの技法を編み出した経緯について教えていただけますか?

ものが存在するってなんだろう、見るってなんだろうということを探求していく中で、大学院生のときにふと見たテレビの美術番組が発想のきっかけになりました。番組では歌川広重の浮世絵木版画「東海道五十三次」を紹介していて、当時の西洋人が雨を点で表現していたのに対し、線で表現したのは日本人だけなんだと解説されていたんです。

その時に、「そうか、日本人は江戸時代にすでに点と点をつないで線として認識することができていたんだな」と考え、点と点を提示すれば線に、さらにそれらを面として認識することができ、鑑賞者一人ひとりの頭の中で完成する絵になるんじゃないかと思ったんですね。それによって、以前から関心のあった「見えているけれど見えていない」状態がつくれるんじゃないかと。それで、最初は点描のような絵をつくっていました。

——そこから、どのように筆致を活かした手法になっていったのですか?

僕は、絵画とはやはり「行為性の集合体」だと考えているんです。それで試行錯誤するうちに、絵具を塗り重ねて層にしたところを筆でえぐることで、タッチ(筆致)を残すことができるじゃないかと思いつきました。子どもの頃にクレヨンで描いたものをひっかいて遊んだじゃないですか?ああいう感覚で。見ていた点が集まってひとつのイメージができて、また別の点とつながっていくような絵が描けたら面白いなと思い、今の技法でいろいろ試すようになりました。

——モチーフはどのように選んでいるのですか?

描かれたものの“次”を連想させるようなものを選んでいます。入道雲をモチーフとして「雨が降りそう」という次の動きを連想させるとか、ろうそくで光や時間を表現するなど、それぞれ挑戦したいテーマがあって描いてきました。

今西真也さん

デジタル社会の中で、実際に見ないとわからない絵画を描きたい

——今回のグランプリ受賞作で、新たにチャレンジされたことがあれば教えてください。

前々から考えていた、主題を直接出さずに物語性をどう表現するかという課題にチャレンジしています。コロナ騒動が始まった春頃、身近な場所やテレビで烏の群れを見て気に留まったことから、『古事記』で案内人を象徴する八咫烏(やたがらす)をひとつのモチーフとして、「この時代はどこへ向かうのか」と案ずるようなテーマを込めて描きました。でも、見る人が想像する鳥でもいいし、「羽ばたく」イメージでもいいですし、ストーリーは見た方が考えてくださると嬉しいです。

——今回の作品は抽象度が高いように見えますね。審査員のみなさんも最初は線状の抽象絵画に見えたと図録に書かれていました。

そうですね。見る距離の違いで、抽象絵画として見えるように考えて描きました。いつもドローイングから考えていくのですが、鳥のモチーフは、最初に頭にあったイメージを4つくらいドローイングしてから、それらをプリントアウトして壁に貼り、遠くから見て一番鮮明で姿のいい絵にしました。

——絵の具による凹凸があって、思わずキャンバスの横からも見てしまうのですが、どうやってつくられているのか、おおまかなプロセスを教えていただけますか?

まず、烏のモチーフを下図として塗り重ねて描いてから、それを白い絵具で筆致をつけながら全部覆い潰します。さらにその白い画面に筆を下ろしてえぐっていくんですが、先端は重力に逆らうように跳ね返す、という動きを繰り返しています。正直、最初の3分くらいまでは楽しいですが、あとは写経のようですよ(笑)。

グランプリ受賞作品「Story - Where are we going ?」

——下図をしっかり描いていると聞いて驚きました。それを潰してまた描くのは、モチベーションの維持が大変そうです。

最低3回は描いていますからね。1度下絵ができたら「さあどうなる!?」という感じで、また飛び込んでいくような気持ちでやっています。

——1枚描くのにどれくらいかかるものなのですか?

今回の作品はまず準備に4、5日かかっています。パネルやキャンバスを用意して、どの色がどれくらい必要か絵の具の量を計算して、ちょっと多めにためて山にしておくんです。ただ、描き始めて5日目くらいから絵の具の表面が乾いてしまうとえぐれなくなるので、3、4日くらいで描き終わらせています。

——最も難しいのはどんなところですか?

描いた下図を撮影してパソコンに取り込み、それを点と線のみに加工したものをキャンバスに投影しながら描いて、筆でえぐっていくのですが、下層部分がどこにどう出てくるのかわからない感じもあるんです。例えば、今彫っているところがクチバシの端なのか羽の端なのか、少し不安になりながらも最後まで掘り進めていました。

——時間との勝負でやり直しがきかなさそうですが、直すこともあるのでしょうか。その判断はどのようにするのでしょうか?

筆致と下の層が気持ち良く出るかどうかを必死に追っているので、ずれた時には違和感でわかります。ただ最近は、意図と外れて崩れていくような、偶発性が多くても面白いと思うようになってきました。

——絵具の厚みはどうやって決めているのですか?

年々分厚くなってきてますね(笑)。筆が太ければ太いほど、厚みを出した方がえぐった時のエッジが出る感覚が気持ちいいんですよ。側面から見て、キュッと跳ね返ったところが美しいように、ということも考えています。

今西真也さん

また、距離感って人間のもつ感覚の面白いところだなと思っていて、絵を離れて見ても近づいて見ても面白く見られるようにしたいんです。そのために、えぐるだけでなく、さらに櫛で細かい横線を入れたり、ドリッピングを入れたり、いろいろな技法を使っています。

やはりこのデジタルの時代でも、絵は直接見た方が楽しめると思っているので、それを感じられる作品、実際に見ないとわからない作品をつくりたいですね。

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