学生アーティストの登竜門 立体アートコンペ「AAC」 2020 最終審査会レポート [PR]

学生アーティストの登竜門 立体アートコンペ「AAC」 2020 最終審査会レポート

2020年11月26日、アーバネットコーポレーションが主催する「アート・ミーツ・アーキテクチャー・コンペティション 2020(以下、AAC)」の最終審査会が開催された。

AACは、2001年よりスタートした学生限定の立体アートコンペ。アーバネットコーポレーションが開発したマンションのエントランスに置く立体作品を募集するもので、最優秀賞に選ばれた作品はマンションのエントランスに恒久展示される。最終審査に進んだ学生に制作補助金を支給したり、コンペが終わったあとにも入賞者に作品の制作依頼をするなど、若手アーティストたちの発掘・育成に力を入れていることも特徴の一つだ。今回で20年目を迎えたAACの最終審査会の取材を行った。

2020年7月13日に発表された、AAC2020の入賞・入選作品。応募総数82作品の中から、最終審査に進む入賞作品に選ばれたのは、東京藝術大学大学院・美術研究科美術専攻の勝川夏樹さんの『Microcosm』、東京都立大学・システムデザイン学部システムデザイン学科インダストリアルアートコース所属の早坂雅寿さん・堀真代さんによる『ひとときひととき』、文化服装学院・服飾専門課程服飾研究科に所属する山﨑稚子さんの『むれやなぎ』の3作品。

受賞者には制作補助金として20万円が支給され、AAC事務局からの助言を受けながら4カ月かけて作品を制作。11月26日の最終審査会へと臨むこととなった。

審査員は、右から、第1回AACで優秀賞を受賞した彫刻家の大成哲さん、アートコレクターであり横浜美術大学の学長を務める宮津大輔さん、2020年より森美術館の館長を務めている片岡真実さん、アーバネットコーポレーションの服部信治社長の4名。

作品の設置場所となったのは、東京都中野区の新築単身者向けマンション「(仮称)新中野Ⅲプロジェクト」で、展示スペースは幅1m×高さ2.3m×奥行き1m、作品形状の条件は台座に置けるものであることという内容だった。マンションエントランスの空間を効果的に彩るのはどのような作品なのか。試行錯誤しながら制作した学生たちの作品を、造形力・表現力・制作技術・コンセプト・耐久性などパブリックアートとしての総合的な観点から審査が行われた。

顕微鏡の中の神秘的な世界を可視化―勝川夏樹『Microcosm』

複数のガラスパーツをつなぎ合わせてつくられた作品。パーツのつなぎには砂を混ぜた樹脂を使用しており、強度も高い。

審査会のトップバッター、勝川夏樹さんが制作したのは、プランクトンの顕微鏡写真から着想を得たというガラス彫刻作品。「顕微鏡の中の神秘的な世界を可視化したこの作品を見て、マンションに住む人々が、知的好奇心をくすぐられたり、非日常感を味わったりしてほしい」と語った。

作品には蛍光管のリサイクルガラスを使用し、環境にも配慮した点も特徴の一つ。勝川さんは「透明のガラスよりもあたたかみのある緑がかった色のガラスを使うことで、より生き物らしさを表現することができたと思います」と話した。

樹脂が透けて全体的に黒っぽく見えるところも、中身が透けて見えるプランクトンを連想させる。

審査員からは、「ライティングの工夫で葉脈のような装飾をもう少し目立たせることができれば、より生き物らしさが増すのでは?」という指摘があった。実際にその場でライティングを調整して、さまざまな角度から鑑賞する場面もあり、作品をよりよく見せるための具体的なアドバイスが行われた。大学の学部・修士・博士の約10年間、ガラス専門としてきた勝川さん。今回の作品がこれまでの集大成と言えるような、堂々としたプレゼンが印象に残った。

何気ない日常のひとときを映し出す―早坂雅寿・堀真代『ひとときひととき』

レイヤーの一番奥にある鏡は、前を通った人がつい覗き込みたくなる高さに配置されている

チームで挑んだ早坂雅寿さんと堀真代さんが制作したのは、7枚の木材板をずらして重ねた立体作品。レイヤーの一番奥に配置された鏡には、住人たちの何気ない日常の「ひととき」を映し出したいという想いが込められている。

作品のデザインについては「インテリアのような親しみやすいデザインを目指した」と堀さん。今回、木材の切削や塗装など実際に作品を形にしていく作業はプロの制作所が担当したという本作。早坂さんは「自分たちがつくりたいものを忠実に再現することに集中するため、実際に制作可能かどうかも含め、何十社もの制作所に相談をした」と、プロとの協同作業ならではの苦労も語った。

「見る角度や光の当たり具合によって、さまざまな表情が見えるよう意識した」と早坂さん。レイヤーによってできる影の美しさは、審査員からも評価された。

作品のデザイン・図面制作などは堀さんが、コンセプト設計や制作所とのやりとりなどは早坂さんが担当した本作。構想段階からのスケールダウンや、作品と台座のバランスについて指摘される場面があり、それについては「安全面や耐久性を考慮して変更を行った」と回答。審査員からは「『なぜこの形なのか』『なぜ7枚の板を使用したのか』など、作品にもう少し意味やストーリー性を持たせると説得力が増したのでは?」という言葉もあった。作品に対する率直なコメントを受けたことで、今後の制作活動における課題やヒントが見えたはずだ。

コロナ禍の「今」と向き合い、地球をモチーフにした作品―山﨑稚子『むれやなぎ』

「この作品がマンションの住人にとって、植物のような癒しの存在になれば」と山﨑さん。作品は地球儀のようにくるくると回転させることができるが、展示の際は耐久性を考慮して固定することを想定したという。

最後に登壇した山﨑稚子さんは、地球をモチーフにした球体の立体作品を制作。表面にある1か所の穴から中を覗くと、球体の中には人の形のおもちゃたちがぎっしり詰め込まれていた。

人形を作品に取り入れるアイデアは構想段階ではなかったというが、表現方法を変更したことについて山﨑さんは、「コロナ禍で外出の機会が減り、どのような洋服をつくるべきかわからなくなった時、人形からインスピレーションを受けた。衣服や芸術の力を改めて感じる期間となり、作品の形を考え直すことにした 」と話した。「衣服は拡張された身体である」と考えて日頃から作品制作に取り組む山﨑さん。本作でも、衣服が拡張して地球を覆い、私たちを守っているようなイメージで制作したと語った。

作品の表面には繊細なレースが球体を覆うように縫い付けられている。作品には、コロナウイルスの影響によって人と触れ合うことの大切さを再確認し、早く元の生活に戻ってほしいという願いが込められている。

審査員からは、球体を覆っている素材についての質問があった。山﨑さんは、おもな素材はポリエステルでできたレースで、レースを使用した理由については「人形と相性の良い素材を考え、柔らかな造形になるように植物のレースを選んだ」と述べた。耐久性についての指摘には、球体の内側にステンレスの芯が入っていることなどを説明したが、恒久展示するには不安が残るという意見が根強かった。しかし「アイデアが斬新で面白い」と審査員一同を唸らせ、実際に設置するためにはどうしたら良いのか、審査員たちがアイデアを出し合う姿が印象的だった。

それぞれの強みを活かした学生たちに、労いと激励が送られた表彰式

最終審査会のあと、会場を移動して表彰式が行われた。最終審査会での3作品のプレゼンテーションを終えて、最優秀賞は勝川さんの『Microcosm』に決定した。

写真前列左から、入賞者の早坂さん、堀さん、勝川さん、山﨑さん、2列目に入選者5名、最後列には審査員(左から服部社長、片岡さん、宮津さん、大成さん)

表彰式では、片岡審査員長が、「顕微鏡の世界を表現した勝川さんの作品は、見えない世界に意識を向けるようになった2020年にできた作品として、非常に興味深いものだった。あの空間に長期間置かれることを考えても、メッセージ性があり、優れている」と講評を述べた。また宮津さんは、「それぞれの強みを活かして作品づくりができていたことが素晴らしい」とコメント。第1回のAACで優秀賞を受賞した大成さんは、3人の今後の活躍を期待し、「これからも制作を続け、がんばってほしい」とエールを送った。

表彰式後、コロナウイルス感染防止のため短時間ではあったが、受賞者と審査員たちによる懇親会が行われた。最優秀賞を受賞した勝川さんは、「学生最後の年だったこともあり、AACの参加を決意しました。設置場所などの制約がある中で、自分の作風を活かした作品をつくるというのは初めてだったのですが、とても良い経験になりました。来年、個展を開催することも決まっており、卒業後も作品制作を続けていくつもりです」と、笑顔で語った。

「作品制作ではAAC事務局の方々にサポートしていただき、とてもありがたく思いました。卒業制作の時期と重なって大変なこともありましたが、挑戦して良かったです」と晴れやかな表情で語る勝川さん。

早坂さんは、「正直悔しい気持ちはありますが、作品に対して率直な意見を述べてもらえることはなかなかないので、貴重な機会になりました。今後は、これまで学んできたデザインの知識を活かしつつ、自分の新たな武器も探していきたいと思います」と話した。タッグを組んだ堀さんは、「学ぶことがたくさんあり、アート作品に対する視野が広がりました。また今回、『実際に置くこと』を考えて制作することの難しさも痛感しました。今後は積極的にコンペに挑戦したいと思います」とこれからの制作活動に意欲を見せた。

今回この作品を制作するために初めてタッグを組んだ2人。「コンペにあまり参加したことがなかった堀さんを巻き込んで作品を制作できたことは、自分にとっても糧になりました」と早坂さんは話した。

山﨑さんは、「今回のような恒久展示では、ギャラリー展示とは違い、耐久性なども求められるため、改めて難しさを感じました。また、懇親会の際に審査員の宮津さんにポートフォリオを見ていただき、コレクター視点で制作のアドバイスをいただくこともできました」と話した。

「これまでコンペに参加した経験がほとんどなく、今回の作品づくりでは私にとってさまざまな挑戦がありました。これからも制作活動を続けていきます」と力強く語った山﨑さん。

また今年は、7年ぶりにAACポスターコンペが復活。審査員には立体造形家の森井ユカさん、アートディレクター・デザイナーの古平正義さんを迎えた。最優秀賞は、女子美術大学・芸術学部デザイン・工芸学科ヴィジュアルデザイン専攻の藤田理紗子さんが受賞した。完成作品はAAC2020の告知ポスター・リーフレットとして全国の美術館などに掲示・配布された。

2020年のAACは、コロナ禍という誰も予想できなかった状況の中で開催されることになった。服部社長は、「中止も考えたが、19年もの間続けてきたこのコンペを、なんとしてでも開催したかった」と語り、万全の対策をとりながら無事に行うことができたAAC2020を振り返った。

アーバネットコーポレーション 服部信治社長

これまで多くの学生たちに作品制作の機会を提供し、若手アーティストの発掘・育成に尽力してきたAAC。アートだけではなく、デザインや建築、ファッションなどさまざまなバッググラウンドを持つ学生も参加してきた20年。これからもますます盛り上がるコンペになっていくことを期待したい。

文:土居りさ子(Playce) 写真:アーバネットコーポレーション提供 編集:石田織座(JDN)

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