結果発表
2025/02/12 10:00

第19回 ダイワハウスコンペティション

主催:大和ハウス工業株式会社

応募作品数:189点
受賞作品数:7点(佳作を除く)

最優秀賞

パーキング
秋谷匠太朗
パーキング
作品コメント(一部抜粋)
古いをつくることについての社長の証言 株式会社ヴィンテージ 社長へのインタビューより(前略)例えば古い住宅を一軒、新しく建てるとします。もちろん古く見えるかもしれないけど、隣に住んでいるひとはそれを新しいと知っているわけです。古いっていうのは表面上の問題ではないんです。で、私は気づいちゃったわけですよ、本物をつくればいいじゃないかってね。ただ待っていればいいんですよ。しかし、本物っていうのは並大抵のことじゃできないわけです。なにせ、古くしてやろう、と思うこと自体がもう古さに近づけない原因なんです。私たちは質のいい古いをつくるために丁寧にどういう時間が流れればいいかを考えます。しかしあくまで、生き生きとした今の塗り重ねだけが素晴らしい価値をもたらしてくれるんです。そこのバランスと仕組みが肝要です。あとは、一体何を古くするかっていうことですね。ここで大事なのは、今あるもののうち、何が失われるかってことですね、一体これのどこに価値があるんだって、みんながいうようなものです。そういうものは無くなってから何かしらの価値をもっていることに気づくんです。そして、それが不意に目の前に現れると皆さんこういわれます。「ああ、懐かしいなあ。」(プレゼンテーションより抜粋)
審査コメント
20年後にはアスファルトに価値がある時代になっていると自分が考える、ではなく、そう予測する不動産屋を仮構し、そういう主体だったら今どんなことを敷地に仕込んでおくか、という問題設定。その論理と建築的達成がすばらしい。20年後のアスファルトを愛でる生活像も描けたらより説得力があっただろう。(青木 淳)

荒廃する都市を前向きに評価する姿勢は理解できるが、ほかにも都市を構成する要素があるのにアスファルトという素材だけに注目した意図がはっきりしなかった。(堀部安嗣)

論理的で矛盾のないプレゼンテーション。アスファルトに微細な地形を見い出す視線は未来の都市や建築をつくるものとして非常に評価できる。(平田晃久)

時間を経た地面に対して違った見立てをして新たな価値を見つけるという極めて日本的な発想で、都市の荒廃もポジティブに考えられる感性に共感した。(小堀哲夫)

自然に時間が経過して生まれるのがヴィンテージのよさだと思うが、20年後を見据えてヴィンテージを計画してる点に疑問が残った。
(八田 哲男)

優秀賞

ものにたくす 江戸から学ぶシェアリングエコノミー
水野翔太
ものにたくす 江戸から学ぶシェアリングエコノミー
作品コメント
アメリカから来航した黒船のペリーは日本についてこういった。「不機嫌そうな顔にはひとつとして出会わなかった」。ペリーが来航した江戸時代だが、単身者は5割を超えている。現代より深刻な状況であるが、人びとは活気にあふれていたようだ。そんな江戸時代を支えていたのは、モノによるシェアリングエコノミーである。2045年、AIが人間を超え、AIに聞けば、正解がわかるようになる。データにならない何かがどんどん失われ、モノに想いを託した江戸時代から、モノから歴史・痕跡・記憶が失われる時代へと進んでいく。そこで本提案では、「モノの共有」「使い方の継承」「街のストック」を提案の3つの核とし、私たちが失いつつある目には見えない何かを取り戻し、残していくために、江戸時代からシェアのヒントを得て、現代を見つめ直す。
(プレゼンテーションより抜粋)
審査コメント
シェアという概念が江戸時代と現代に共通しているが、現代には「建築家」がいるということが異なる。そのときの「建築家」は従来型の建築家ではないはずであるが、従来型の建築家像が持ち込まれていることに違和感を持った。(青木)

過去を紐解き未来を考える姿勢がもっとも感じられた提案である。ただ、デザインが恣意的で、その点の説得力がほしかった。(堀部)

屋根のデザインは魅力的だが、それと建築の論理が結びつくのかが明らかではなかった。(平田)

デザインが魅力的である一方、やりたいテーマとでき上がった空間が分離しているように思えた。(小堀)

デザインとリサイクルの繋がりがどうあるかの説明がもう少しあるとよかった。(八田哲男)
環体験と融解
髙松 輝、江原健太
環体験と融解
作品コメント
私たちの過ごす時間は主観的であり、時に早く、時に遅く流れるものだ。この時間を伴う主観的な観測であるジャネの法則では人の生涯は体感20歳で半分を迎えるとされる。これは先20年の体験や発見が豊富なことが理由とされる。ここでもし家にも主観的な時間が流れていたら、と考える。その家においては着工の瞬間から生涯が始まり、家は周囲の家との応答から自己を形成していく。竣工は人の成人する時期に該当し、その後の人生で家は人を受け入れながら過ごしていく。 このような対応関係から人での20年を家における1年と読み替え竣工までの過程を設計する。そのような家には人も介入できない「だいじなところ」が生まれ、全体性を指向しない家となる。この家は人が住みながら得る体験を生み出している。異なる主体が体験を共有する環体験と互いが同じ空間で融解する家を提案する。
(プレゼンテーションより抜粋)
審査コメント
もう一歩踏み込めば、家自体が主体になった世界を構想できたかもしれない。人間の用に合わせて家がつくられるのではなく、家側の論理でつくられるとはどういうことを意味するか、またそれがどんな未来を切り開くかという課題にまで発展できうる点が評価できる。(青木)

20年後がどうなるか誰もわからないが、でも、この提案は行き当たりばったり感があり、その場その場でどうするのかが感じられなかった。(堀部)

1年間の設計が人間の20年に相当するという前提に疑問が残った。これもひとつのフィクションなので、その中でしっかりと説明してほしい。(平田)

次から次へつくっていくプロセスが面白い。家を擬人化して、人間の成長と同じように形やデザイン、空間ができている。ただ旗竿敷地だからなのか、自閉的な操作に見えてしまう。(小堀)

大和ハウス工業賞、入選

上下するクラシ
辻本直哉、田村瑞樹
上下するクラシ
作品コメント
20年後は遠い未来ではない。だからこそ、私たち学生も具体的に未来を考える必要がある。この住宅は「今と20年後をつなぐ住宅」である。首都圏では土地不足が深刻化し、密集市街地の居住環境悪化が課題である。この課題に対し、限られた土地でも快適な暮らしを実現するため、住宅に未来都市の「空間利用」という考え方を住宅に取り入れた。新しい構造体として、伸縮するブレースを用いて床スラブを上下させ、昼はリビングやダイニングを広く活用し、夜はプライベート空間を確保するなど、家族のライフスタイルや時間帯に応じた柔軟な空間利用を可能とした。人が動くように建築も動く、これは未来の住まい方を探る新たな住宅のプロトタイプである。
(プレゼンテーションより抜粋)

入選

家、そして
中村 健、藤田夏美、狩元大志、関根寛隆、小山大輝、永塚 遼、渡辺彩音、橋爪海里
家、そして
作品コメント
戦後の復興需要や高度経済成長期を経て、身近に馴染んだ新築持ち家信仰。住宅ローン政策により家の所有が可能となり、「住宅すごろく」といったキャッチコピーの下に夢のマイホームのためモーレツに働く…。時は流れて、その痕跡はゴーストタウン化したニュータウンや空き家問題となり表出している。そこで、家との関わり方を再考する。20年後に、家が住み手から取り残されることや積極的に住み継がれない選択に、もっと寛容になれないだろうか。所有をされない「いえ」は生活を脱ぎ、そして新たにまちなみとして佇む。いえを設計することは建築が生活をまとうと同時に20年後のまちなみをまとう行為と捉えることはできないだろうか。
(プレゼンテーションより抜粋)
振る舞いを残す
両角敦弥、西村和将、髙尾大悟、木瀬 駿、郎 敬禹
振る舞いを残す
作品コメント
20年という期間は「家に対して住まい手が望むふるまい方が変化するには十分な時間」ではないだろうか。境界性が強くふるまい方の変化に追従できない家では20年後に住み続けたいと思われることは難しいかもしれない。屋根に着目し天気との境界の取り方を再考した家は多彩な揺らぎを内包し、住まい手が主体的に居場所を選択する。こうした家は本質的価値を獲得し、ふるまいを残したいと思うからこそ20年後住み続けたいと思うのではないだろうか。この計画は20年という期間を頼りに、天気を通じて家の価値を再考した提案である。
(プレゼンテーションより抜粋)
生存領域の縮約
酒井良多
生存領域の縮約
作品コメント
建築と人間を取り巻く諸条件の20年後の変化について、環境の激化、情報技術の発展、個人主義の加速という3つの予測を立てた。これらにより、過去100年間に進んだ住宅の高気密化高断熱化、すなわち閉鎖系化は加速すると考える。ここで、究極の閉鎖居住系はスペースコロニーであることを踏まえ、20年後の住宅は「コロニー的」な性質を持つと仮定する。具体例として、SF小説『三体』に描かれたスペースコロニーの心理描写を挙げ、未来の住宅は「ひとつの世界」という感覚と多様な環境の内包が重要になると考えた。これらの仮説を基に、筆者の現在の多様な生活空間を集約し、ひとつの住宅としての再構築を試みた。この試みは、未来の住居像を可視化するとともに、筆者の2024年の生存領域の記録としても機能する。
(プレゼンテーションより抜粋)
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