キリンアートアワード2003 審査員総評
 ← PREV   
  1 / 13  
   作品を見る → 
 × 
審査員総評
アワードの醍醐味、あるいはその歓びは、どんな新しい才能に出会えるか、どのような新しい「価値」を世に問えるかということにあると思う。現代美術の「賞」も数多くあるが、キリンアートアワードの応募総数も、ついに1,100を超えるというなかで、今回、我々が評価の針が振り切れる、測定不能の作品に出会ったのは、ある種の「事件」と言ってもよい。K.K.氏による映像作品『ワラッテイイトモ、』がそれであった。
作者が「こもっていた」時代に撮りためたタモリの『笑っていいとも!』の番組を素材とし、サンプリング、コンピューター編集を駆使して、TV映像あるいはイメージと現実が同じリアルになってしまった世界を提示するだけではなく、アートアワードのあり方も再考させる問題作である。ジャン・リュック・ゴダールが『映画史』を世に送り出し、20世紀の映像芸術をたったひとりで総括して世界的に評判となったが、K.K.氏は、今回の受賞作品を作るにあたって、このゴダールを念頭に置いていると思われる。そして、かなり乱暴な足取りとはいえ、知る限り初めて、その先へと歩み出す事に成功している。『ワラッテイイトモ、』は、時代・社会・テクノロジーなど、色々な要素を背景として、2003年の日本にある種の必然性をもって降臨した作品といえよう。
しかし、いったんは最優秀作品賞に内定していたこのK.K.氏の作品は、著作権・肖像権を侵害する恐れがあるため展覧会では公開版を展示することとなり、結局、審査員特別優秀賞と受賞名を変更するに至った。もっとも、この作品の受賞にあたっては、ただでは済まない予感は最初からあった。ある意味、主催者側を巻き込み、このような経緯を辿る事になったこと自体が、この作品の「特別さ」を高める結果となったのは、皮肉な話ではある。
さて、本年の総評にかえってみるならば、ひとり火山に踏み込んで行く孤独の芸術という点においては、優秀賞の椎名勇仁氏もK.K.氏にひけを取らないし、奨励賞の阿部高治氏の作品も、その無気味な強度という点においては、かなり突き抜けた次元に達している。もうひとりの優秀賞である石渡誠氏のユーモアたっぷりの作品も、彫刻や造形の問題を十分に咀嚼した結果であろう。作家としての完成度ということになれば、奨励賞の名和晃平氏はすぐにでも国際展クラスでデビュー可能だ。五島一浩氏の高度なCGの技術によって、創造される幻想の都市風景には魅了させられた。藤川直美氏が創り出したのは、人工と自然のあいだを推移する無限のループの世界である。一方、現実的な都市空間における公共性の問題を提示するのが、北川純氏のプロジェクトだった。東野哲史氏の作品も、時代劇を素材としながら、2003年の世界状況へのアイロニーとして読めるものとなっている。また、今回は例年に増して平面の部門に優れた作品が見られたことも大きな成果であった。今井綾子氏、高島大理氏、水谷一氏が奨励賞に選ばれているが、実際には最終選考段階で、非常に多くの絵画作品がノミネートされる結果となり、今後、現代美術の中で、絵画表現の新しい波が到来することを予感させた。
結果的に、長時間にわたる審査により選ばれた12作品はどれもかなりレベルが高く、キリンアートアワードらしいラインアップが構成されたことに、大変満足している。審査しがいのあるキリンアートアワード自体が、節目を迎えながら、成長し続けているという実感があったことが最大の収穫だった。