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中西元男氏インタビュー
98年から3年にわたってGマークの審査委員長をつとめられた中西元男氏にお話を伺いました。
グッドデザイン賞:http://www.g-mark.org
nakanishi3.jpg
中西元男
Nakanishi Motoo
PAOS代表
株式会社ワールド・
  グッドデザイン代表

INAX、NTT、松屋、ベネッセなど約100社のCIや経営コンサルティング、戦略デザインを手がけるほか、幅広いデザイン活動を継続。昨年度までグッドデザイン賞の審査委員長を3年にわたり務めた。最近では世界のデザイニストのためのプロジェクト「ワールド・グッドデザイン」を創設し、ワールドワイドなデザイン賞情報と商品普及のためのビジネス機構を構築し、21世紀型デザイン運動を展開。

───Gマークの審査員を7年務められていますが、審査員と、審査委員長の違いはありますか?
1994年度に施設部門ができた時から審査委員をお引き受けしています。それまでGマークは、基本的に“モノ(商品)”だったのですが、施設部門という建築などを組み入れた部門を始めたことで、この部門の基本方針を確立することが大きな仕事でした。結果的には、施設部門が新しい部門であったために新しいGマークのあり方を考えることになり、その後、審査委員長の3年間でそれがGマーク全体の方針に及んでいったと思います。
審査員と審査委員長は随分違うものだなと感じたのは、審査員は、審査をする時だけですが、審査委員長は、審査をしていないような時が実は一番忙しいのです。仕組みをどうするのか?といったことも含め、民営化に当たっては理念から全部作り直しました。
3年度目に新領域デザイン設けたりと、私はデザインの分野を拡張することによって、デザインというビジネスを広げようとのチャレンジをしてきました。

私は審査委員長を3年務めさせていただいたのですが、実はそれまで41年間に2年続けた人はひとりもいないんです。1年度目に様々なことに気がつくけれど、次の年に変わってしまうとそれができないわけです。ですから産業デザイン振興会の方に、審査委員長は最低でも2年以上はやっていただくべきだというお願いをしました。

───民営化というとても大きな節目に審査委員長になられましたが、そのあたりのお話を聞かせて下さい
行政改革の一環で民営化をすることになって、制度そのものを自立自営で成り立たせなければいけない状況になったわけです。ですから、我々デザインの関係者にとってこの仕組みを失うのは損“むしろ、これを生かし役に立つようなものにしていこう”という呼びかけをしました。 もう一つは、経済的にも成り立つようにということです。実は審査委員長を引き受けて入ってみるまで解らなかったのですが、平成に入ってからGマークは毎年赤字事業になっていたようです。ひょっとしたら、潰れるかもしれないという内状で、要するに経営不振会社みたいになっていたんです。



───Gマーク創設当時と比較してデザインはどう変わったと思いますか?
Gマーク創設当時の頃は、私がデザインの勉強を始めてまだ間もない頃です。その少し後に松屋の中にグッドデザインコーナーができ、現物が目の前にあるというのはすばらしいことで、よく見に行ってケースの中を眺めていました。グッドデザイン商品というのは、神棚に飾っておくような価値のあるものだと思っていました。ですからグッドデザイン商品が日本の中から生まれてくるようになったのは凄いことだと思いました。

今は手に入れようと思えば何でも入るし、何でもある。それと、ここ2年ぐらいの傾向だと思うのですが、一般誌でもグッドデザインという言葉をよく使い、商品を扱った事例もだいぶ増えてきました。グッドデザインものを中心にする雑誌まで作られ始めています。一般の人と、デザインを結びつける目的の雑誌が出始めたというのが、今の一つの流れだと思います。昔はデザインの専門誌ぐらいしか扱うことはなかったんです。今、ジャーナリズムがそういう動きになってきていますから、やがてそれは受け手である読者、ユーザーの側にも広がっていくのだろうと思います。

───審査委員長を務められて苦労されたことはありましたか?
今までは全部送り手発想でしたが、主役が誰かというと、使い手だと思うのです。生活者や、ユーザーの視点でGマークを見つめ直すとか、そういう価値観を入れて審査をしましょうというところで、一番苦労しました。それは多くの審査員の方々の考え方を変えてもらうことでもあるし、加えて生活者、ユーザーに近い人たちを審査員に入れることもしたのですが、この人達は審査員としても素人であるという難しさがありました。
また、日進月歩していく分野も多いですから、審査員も選ぶのが困難なものもあるんです。携帯電話なんて、並べてみてもどれが一体いいのか解らないんです。選んでもあっという間に変わっていってしまいますし。
商品が専門化していくことに対して、専門性の部分をどう評価するかということと、生活者よりの商品の場合は、生活者の価値観や声をどうやって反映させて賞に選ぶのかという大きな2つの問題は、審査制度そのものを考え直さなくてはいけないということだと思います。

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AIBO.jpg
1999年度グッドデザイン大賞
AIBO
───A-POC、AIBO、など新しく、ある意味でエポックメーキングな製品が多かった3年間だったと思うのですが
どこに視点を置いて賞を送るのかという問題については、これは私自身の意図もかなりあったのですが、大賞に選ぶものは、おもにこれからの時代の価値を創っていくものに重きを置いたというところはあります。少なくとも私の3年間はデザインの将来に対して提案を投げかけていて、育てるだけの価値のあるものにしようと考えていました。だから、その方針に反対する方もいらっしゃったでしょう。
1999年度大賞受賞のAIBOは、犬の格好しているからではなく、人工知能を持って成長性があって、人間の心を癒すロボットという役割を持つ商品がはじめて作り出されたことを評価をするべきだと考えましたし、2000年度のA-POCもそうですね。A-POCはある意味ではアパレル・ファッションの産業革命なんです。織物を織ったりする日本の優れたマシン技術を生かして、そこと新しいファッションの可能性が結びつくという今までに無いデザインジャンルが生み出されることを評価したことです。そして、評価することによって、そのジャンルが育って日本独自のファッションビジネスになることを望みました。

───審査委員長を務めたことで、先生自身が変わったところはありますか?
私は、デザインの勉強を始めた頃からひとつも変わっていないんです。デザイナーになることもデザインの仕事だけれど、世の中に良いデザインを存在させていく為には企業の意志決定者たちに、デザイン価値を認識できる目を持って貰うとか、それをうまく活かせば、商売もうまくいくという世界を作り上げることもデザインの重要な仕事であるという考え方でずっと来ています。ですから、その延長上としてGマークというのは私にとって非常に良いテーマだったと思います。

───2001年度の審査委員長を務められる川崎和男氏へのメッセージをお願いします。
川崎さんは、デザインの先端部分については審査委員の中でも最もよく勉強もされているし、デザインの戦略性にも通じている人です。新しいジャンルに関しては随分教えてもらいました。その点では心配していませんが、是非お願いしたいのは、日本におけるデザインの位置づけとか、社会に対する役割が変わってきている、その部分の基礎を私は作り始めたつもりですから継承し育てていただきたい。それがG-マークのアイデンティティにもなると思います。


中西氏は、笑顔で難しい質問に一つ一つ丁寧に答えていただけました。また、グッドデザイン賞から生まれた新たな課題をワールド・グッドデザインで更に深く取り組まれています。今後のご活躍を期待しております。

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